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育緑師
深緑色の制服に袖を通す。肩から袖口まで走るラインは、まだ1本。それでも昨日までの“見習い生の白”から“正職員の赤”に変わった。
「おめでとう、リエーヌ」
植物園内の事務所に着任の挨拶に行くと、赤ライン3本のボバル育緑師長は、眼鏡の奥の瞳を微かに緩めた。
「ありがとうございます。これからも、ご指導よろしくお願いします」
「これからは君も育緑師だ。プロとしての自覚と責任を持つように」
4年間、王立大学に通う傍ら、植物園にも足を運び、見習い生として育緑師の実務を学んできた。ボバル師長は大学でも教鞭を執っていたから、私にとっては師匠であり上司。肩書きは違えど、彼の厳しさは揺らぐまい。
「はいっ」
一礼すると、早速持ち場に入る。新米の仕事は、土作りから始まる。植物の生態ごとに肥料を配合し、水分量を加えて、最適な土を作るのだ。更に、個々の植物の状態を細かく観察し、必要な栄養分を調整する。
「ご苦労様でーす!」
その日の午後、渡されたリストに目を落としながら、王族の晩餐用の切り花を揃えていると、台車が列をなして近づいてきた。花かごを置いて、4人の先輩方に次々と挨拶する。
「あ、レオレの鉢」
1台に1つずつ、素焼きの大きな鉢が乗っている。側面に、王家の紋章の焼き印が見えた。式典では、装飾された豪奢な鉢の中に、この素焼き鉢ごとスッポリと収めるのだ。
「そうよ。明後日、幼苗を植え替えるの」
殿を務めていたコルツァ先輩が、私の独り言を拾ってくれた。建国祭で使用する国花は、毎年ほぼ1年かけて種から育てる。多年草だが、1度使用した株を再使用することはなく、式典を終えると植物園内の特別温室に移される。土に降りた後は、5年間採種株になり、更に1、2年経て土に還る。発芽から開花、採種まで、育緑師長の元で完全管理されるのだ。
「うわぁ、見学してもいいですか?」
「ふふ、いいわよ。師長に言っておくわ」
「ありがとうございます!」
国花の栽培に関わるのは、育緑師の醍醐味だ。自分で携われるようになるのは、まだ10年はかかるだろうが、いつかこの手で咲かせてみたい。あの頃の父のように。
コルツァ先輩に、ペコリと大きく頭を下げて、私は切り花集めに戻った。
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