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原生地
コルツァ先輩の葬儀後、私はボバル師長の過去を探り始めた。彼女のメッセージは、もちろん警告でもあるだろうけれど、真実を求める願いでもあるように思えた。それに、身近な人の不審死は、もう沢山だ。
ボバル師長は、私の父が師長に就任した年、まだ大学在学中に育緑師の資格を取得している。特例中の特例だ。王立大学に何本も研究論文を残した優秀な学生で、特に栽培技術に秀でていたという。人工環境下での増殖が難しい稀少種を近隣種との交配で強化し、絶滅の危機から救った功績が高く評価され、国王から直々に表彰されていた。
「近隣種……」
前から、国花擬きの発見地を見てみたいと思っていた。馬車で半日もあれば着く距離だ。私は休日を利用して、朝一番で馬車を雇い、北に走らせた。
「えっ、ギルド領?」
ところが、現地に着くと、肝心の目的地は有刺鉄線に囲まれ、唯一繋がる林道も頑丈な鉄柵と立入禁止の看板が行く手を阻んでいた。
山麓から先は、王家の直轄地。狩猟や草花の採種は禁じられているが、許可さえ取れば一般市民でも入山出来る国民に開かれた土地だった筈。それが、ギルドの所属になっている。払い下げられたということだろうか。
王都に戻る前に、馬の休息も兼ねて、山麓に1番近い村に立ち寄った。
「お嬢ちゃん、見ない顔だねぇ」
宿屋も兼ねている居酒屋に入ると、頭髪の薄い親父が奥から出てきた。他に客はいないのにテーブルを指定した。私は、御者の男と向かい合わせで席に着いた。
「隣国から観光で来たの。あちこち回っているんだけど、珍しいレオレニアの原生地があるって聞いて」
制服を着た御者の存在は、従者を連れた旅行者を装うのに、ちょうどいい。
「レオレニア? ああ、ここにはナイナイ。どうしても見てえんなら、もう2ヶ月もすりゃあ、建国祭がある。王都に行けば、嫌って程見られるぜ」
料理を沢山注文したせいなのか、親父は稼げる客だと気を良くしたようだ。果実酒を運ぶ口も饒舌になる。
「そんなに待てないわ。すぐにでも見たいの。ここに来れば、1年中見られるって聞いたのにぃ」
空のトレイに、多めのチップを乗せると、親父はニヤッと小狡い笑顔を覗かせた。
「そんなら……ここだけの話、ラッスの村に行きゃあ、年中栽培しているよ」
「ラッス? どうして、そんなところに……」
王都の西、ラッス村は温暖な農村地帯に位置する。レオレニアの故郷、この北方領の厳しい気候とはまるで違う。
「だから……元々、ここにはナイんだよ」
「それって、まさか最初から……?」
「残念だったな、お嬢ちゃん」
今いる場所からラッス村までは、馬車を飛ばしても半日以上かかる。明日は出勤だから、無断欠勤は出来ない。今回は、ここまでか。
「またお願いするわね」
半日後、王都に戻った私は、唇に人差し指を立てて、御者にたっぷりと代金を弾んだ。口止め料を含むということは伝わったようで、寡黙な男は深く頷いて消えた。
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