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和幸が手を洗ってダイニングに行くと、裕子はキッチンでフライパンを操っていた。肉を炒めているのであろうその音が空腹の和幸の耳に心地よく、焼ける肉の香ばしい匂いが彼の鼻腔をくすぐった。先刻のパンの袋は、ダイニングとひと続きになっているリビングの戸棚に置かれていた。
この家の平日の夕飯は、よその家庭に比べて少し遅めかもしれない。和幸の仕事からの帰りが夜の八時前と決まっているので、それなら先に食べているよりは家族皆で食べようと、夕食を彼の帰りに合わせるようにしているのである。
和幸の気配を感じ取ったのか、裕子は操るフライパンから目を逸らさずに口を開いた。
「もうできるからね。今日は生姜焼きだよ。脂身の少ないお肉買ってきたから。あとオクラが安かったの。好きでしょ? 何飲む?」
「ああ、ビールにする。沙耶は?」
「勉強してるんじゃない? そろそろ夕飯だよって、言ってきてくれる?」
「わかった。あ、さっきのパンの袋にきな粉揚げパンがあったでしょ」
「あったっけー? 全部は見てなーい」
それを聞いて、和幸は戸棚に置かれたパンの袋から、きな粉揚げパンの包みを取り出して妻に向けた。
「ほらこれ。俺、これ好きなんだよ。夕飯の後のデザートにしよう」
「はーい」
裕子はチラと和幸の方に目をやって返事をした。
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