帰り道

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帰り道

あの頃に縛られたまま、私は高校生になった。 通学路もあの頃と違うから、彼のことを頻繁に思い出さなくても良い。 だけど、この雨音で、あの頃を思い出してしまう。 最近はあの道を通っていなかった。 でも、今日は通ってみようか。 もう何年も忘れようとした。 だけど、今日だけは許されるだろうか。 今日は雨なのだから。 いつもの道を横に曲がり、少し歩く。 いつもは意識しないようにしていた、細い道だ。 静かであの頃と何も変わっていない。 雨音が響いて寂しくなる。 一人で歩く帰り道は切なくてひんやりと冷たい。 細い道に紫陽花が綺麗に咲き誇っている。 ああ、懐かしい。 すぐ隣には小さな床屋があって、その横には花屋がある。 見慣れていたけれど、一回も行ったことは無い。 潰れてしまわないか、通る度に心配になる。 そして、近くには割と大きな公園がある。小さい頃はそこでよく遊んだものだ。 初めて友達とブランコで二人乗りをした。 彼女の、薄っすらと線の入った脚が思いっきり空気を切る。 鎖が揺れ、巨大な振動に襲われる。 そして、公園を見渡せる刹那の感動。 衝撃が走った。 その日から、きっと仲良くなったのだ。 あの頃は間違いなく私達は親友だった。 でも、いつのまにかそうではなくなった。 卒業間近、誓いあった友情。 もうきっと、時効は成立している。 友情は永遠ではないことに初めて気づいた。 でも、少し心残りなことは否めない。 私達が親友だったのは、何年も前のこと。 でも、時々思う。 また親友に戻りたい。あんなに気が合う友達はいなかった気がする。 どっちが本心なのだろう。 今となっては、よくわからない。 それでも、何年経っても彼への思いは変わらなかった。 彼に対する執着心の強さに、自分でも驚いた。 駐車場の横をとおってまっすぐ歩く。 ここには何があったっけ。 懐かしくて、もう思い出せない。 ただ、雑草が生い茂っているだけだ。 そのまま歩くと、見慣れない店があった。 木製で、どこか不思議な雰囲気を漂わせている。 おしゃれではあるが、少し不気味な感じがした。 数年前は、確かに無かったはずだ。 「なんだろう......」 胸にザワザワとした違和感が広がっていく。 この閑静な道と不釣り合いで、中に入りたくなってしまう。 はっとした。 『あの頃に戻りたくありませんか?』 その店の看板には、そう書かれていたのだ。 「いらっしゃいませ」 店内から聞こえたその声に吸い込まれてしまった。 店に足を踏み入れた瞬間、頭がグルグルし、不思議な感覚に襲われた。 目の前が徐々に真っ暗になっていく。 「おーい」 だれかの声が微かに聞こえる。 そして、次第に目の前に懐かしい風景が広がる。 そうだ、これは、あの頃の一番大事な思い出だ。
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