不思議な店

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不思議な店

「どうでしたか?」 か細い声が聞こえた。 辺りを見回すと、天井まで届きそうなほど沢山の本が、棚にしきつめられていた。 迫ってきそうなほど膨大な本の数に圧倒される。 「あの頃の思い出はどうでしたか?」 また声が聞こえた。 驚いて声が聞こえた方を向くと、細い老人が立っていた。 「さっきあなたが体験したのは、あなたの大切な思い出です」 「あ...」 そうだ、ここはあの不思議な店だ。 でも、どうして私の大切な思い出を知っているのだろう。そもそも、あれは何だったのだろうか。現実では無いし、夢とは何かが違う。 「どうやってやったんですか?」 老人は穏やかな表情のまま静かに言った。 「そういう店なんですよ。この店では、一人一回、願いを叶えることをしています。あなたも強い願いを持っているのではないですか?」 ヒヤッとした。この人は、どこまで知っているのだろうか。 すべてが見透かされているようだ。 「なんで分かるんですか?」 「この店は、強い願望を持っている人のもとに現れるからです」 その続きを期待していたけれど、老人はそれ以上答えなかった。 これ以上追求できない雰囲気が漂っていた。 「ここにある沢山の本はなんですか?」 老人はこちらを見向きもせずに淡々と話しだした。 「それは、これまでにこの店に来た人の願いですよ。せっかくなので、記録しているんです。きっとあなたのもありますよ」 「えっ、初めて来たと思うんですけど......」 「そうですね。でも、今日来ると分かっていたので」 老人は遠くを見つめるように優しく微笑んだ。 信じられなかった。 そんなことが本当にあるのだろうか。私は騙されているのでは無いだろうか? でも、これが現実で、本当だとしたら...... 自分でも馬鹿みたいだと思うけど、聞いてみるしか無い。 「私も過去を変えられますか?」 老人は、初めてこっちを鋭い目で見つめた。 老人はピリッとした空気に染まっていた。 さっきまでとは纏う雰囲気が全く違う。 「過去を変えるのはとても大変で難しいことですよ。だから、大きな代償が付きます」 老人は考えるのに十分な間を置いた。 「あなたには、その覚悟がありますか?」 低く威圧感のある声に背筋に電流が走った。 この人は、きっと本当のことを言っている。 覚悟とは何なのだろう。 なんとなく気まずくて、老人から目をそらして聞いた。 「代償ってなんですか?」 「それは、あなたの大事な思い出ですよ。変えた過去の大きさによって、失われる思い出や期間が決まります」 「じゃあ、そんなに大きく変えなければ大丈夫ですか?」 「さあ、どうでしょう。過去を変えた時点でそれなりの代償は付きます」 「そうですか......」 「ですが、これだけは覚えておいてください。変えることができるのは、あなたと、あなたの周辺の数人だけですよ。あまりにも大きな変化をもたらしたら、世界が破滅してしまうので。そうしたら、私にも世界を都合よく調整することができません」 老人は大きく息を吐いた。 なにか、聞き逃してはいけないような気がした。 「そのような場合には、あなたは存在ごと消されます」 「えっ......」 存在が消されるって、つまり最初からこの世に産まれていないってこと? それって、死よりもずっと重い。 老人は最初のときよりも若干表情を和らげて言った。 「大丈夫ですよ、そんなに心配しなくても。そこまでの人はいませんでしたから」 老人はいたずらっぽく微笑んだ。 「少し脅かしただけですよ」 この老人は何なのだろうか。なんていうか、不思議な人だ。 「変えたい過去があるんですよね?」 穏やかで心地よい声がした。きっと、大丈夫だと思えるような声だった。 もう覚悟は出来ている。 「はい」 「いつに戻りたいのですか?」 「小学校の卒業式が終わった直後」 「そうですか。では、行きますね」 頭がグルグル回る。 何か強烈な力に引っ張られているようだ。 不思議な空間に吸い込まれて、目が開けられなくなっていく。
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