卒業式

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卒業式

懐かしい声が遠くから響いて来て、次第に大きくなっていく。 「おい」 あの、声だ。 「おーい」 薄暗い霧に包まれていた視界が徐々に明るくなってきた。 今日は、卒業式だ。 あの頃の思い出が、鮮やかに蘇る。 ちょうどさっきまで体育館にいて、今は教室に戻ってきている。 さっきまで歌を歌って、その最中に後ろにいた隣のクラスの人が泣き出して、自分まで泣きそうになって、必死に我慢したな。 息が伝わってきて、苦しかった。 きっと私は赤い目になって、頑張って笑っていた。 なんだか今日で最後になると思うと、 寂しかった。 この校舎も、壁の落書きも、昼休みに友達とこっそり遊んだ体育館も、全てが大切で、貴重だったとようやく悟った。 卒業証書がなんだかずっしりと重くて、本当は受け取りたくなかった。 でも、希望に満ち溢れていた。 中学は行きたいところに受かったし、きっと今よりも楽しい毎日が待っているはずだ。 そう信じていた。 でも、今はもう分かる。 あの頃が一番幸せで、希望に満ち溢れていた。 自分を信じて疑わなかった。幼い私は、幸せがいつまでも続くと思っていた。 友情も、思い出も、何もかもが不変で永久に朽ちないと思っていた。 思い出が美化されることも知っている。 それでもやはり、あの頃は輝いていた。 「あははっ」 誰かの笑い声でふと現実にもどされた。 先生はまだ戻っていなくて、みんながそれぞれ話している。 笑い声が響く。泣いている人はだれもいない。 いつもと同じだ。 何も変わらなくて、全部が嘘なんじゃないかと思ってしまう。 ここは、うるさくて、心地よい。 ああ、やばい。 私だけ、泣いてしまいそうだ。 「なあ」 2年間、ずっと見つめていた顔が覗き込んでくる。 「あっ、ごめん。ぼーとしてた」 嬉しいことに、彼とは隣の席だ。 何年も待ち焦がれていた、愛しい声。 大きくてぱっちりした二重の目に、綺麗な横顔。スッと通った鼻筋。 ようやく、会えた。 「もう、なに考えてんだよ」 「あはは、ごめん。なんか寂しいなーって思って」 「まあ、そうだよな。もう卒業とか信じられない。......お前、スマホ持ってないんだよな?」 「......うん」 ねえ、私がスマホを持ってたら、連絡先交換しようって言ってくれた? 最後まで、ズルいよ。 でも、覚悟しといてね。今から、私があなたをドキッとさせてみせる。 もう今日で卒業だ。 そして、今日で彼と会うのは最後だ。 だから、これから未来を変えてやる。 私にはやらなければならないことがある。 もっと話していたいけど、今やらなくてはならない。 今日、過去の私も決意していた。 でも、出来なかった。 だから、今、私が未来を変えてやる。 「ねえ、聞いて」 彼に呼びかける。 これでもう、後戻りは出来ない。 先生が来たら、もう出来ないから、だから今すぐにやらないといけない。 力強く椅子から立つ。 一歩一歩踏みしめながら教卓に向かう。 教卓に立つのなんて初めてかもしれない。 でも、これが私の覚悟だと分かってほしい。 クラスのみんなが雑談を止め、私の方を見てくる。 この、みんなからの視線。 余計緊張する。 でも、悪くない。 深呼吸をして、大きな声で言う。 「ーーに伝えます。私は何年も前から、ずっとあなたのことが好きです。中学は別になっちゃうけど、私の思いは絶対に変わりません。......私と、付き合ってください」 教室が静まり返る。 その後、 「キャーーーーー!!!」 「ヒューーーーーーーー!!!」 歓声が上がり、みんなニヤニヤしている。 みんな立ち上がり拍手をする。もう、本当に騒がしい。 今日で卒業なんだよ。 最後までいつも通りで悲しくなるじゃん。 ねえ、あなたはどう思っているかな? 勇気を出して彼の顔を見てみると、 あの時みたいに耳まで真っ赤に染まっていた。 そして彼は私に近づいてくる。 この瞬間が、一番怖い。 そして、彼は照れながら私の前に立った。 いつものように、手の甲で口元を触っている。 その仕草が、本当に好きだ。 「俺もお前が好きだ。一緒に帰った帰り道も、塾も、ずっと話してて怒られた授業も、それ以外にもたくさん、お前がいたから楽しかった」 そして、小声で言う。 「俺と、付き合ってくんない?」 教室がさっきよりも大きな歓声で沸き立つ。 私は、今、最高に幸せだ。
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