老いた翼。若き翼。

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「違うだろう」  優しい声だが、確りと強く否定する言葉へ、雪成は顔を上げた。鷹一郎が、雪成を見詰め微笑む。 「雪は、私を導いてくれたではないか。真の福をくれたのだから……私は、きっと此れで籤運を使い果たしたろうな……――」  髪を撫でる鷹一郎の言葉に、雪成は唇を噛み締めた。そして、再び鷹一郎の胸に顔を埋めて。  其れでも雪成の中にあるのは、不安であった。鷹一郎の為に、鷹一郎を支えたい。雪成の中でそんな思いは溢れるばかり。だが、其れと同時に鷹一郎の為に背を押せば押す程、鷹一郎が遠く離れて行く様で。故に、其れを躊躇う己も居るのだ。  日々多忙を極める鷹一郎の日常へ、敬愛する姉の事案が心を乱して居た。己の訴えでは、何の動きにもなるまい。兄二人へ父へ進言をと持ち掛けるも、此ればかりはどうにもと。開いた姉兄弟(きょうだい)の溝は、其れ程迄に大きかったのか。其れも又、鷹一郎が悩む種として。  流れる日々、定まらぬ心。忙殺の中に在る鷹一郎を思いながらも、雪成の胸にも霧が晴れず。共に過ごす時が貴重となる中で、無意識に核心を避けた言葉を交わす事が増えて。そんな日常へ、竜衛門が例の注目を受け渡しにやって来た。此の度、雪成へ直接品を手渡しとなる。鷹一郎は、其の場に立ち会えぬが、竜衛門の出入りを許可してやったのだった。現在、寂しい思いをさせて居るだろう雪成の倦怠と退屈を、少しでも和らげられたらと。 「――やっぱり流石だなぁ……見事な出来だよ、竜!」  木箱より、品を手に取り感銘と共に賛辞を贈る雪成の姿が在った。其の部屋には、竜衛門は勿論、鈴と信蔵も立ち合って居る。当然、二人きりとはならぬので。しかしながら、僅かな談笑であるならば不問にせよと、鷹一郎から言付けられて居る。  雪成の素直な賛辞へ、竜衛門も僅かに頬を染め咳払い。 「誰に言ってんです、奥方様。こちとら、此れで食ってるんですから」
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