老いた翼。若き翼。

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 可愛げ無いと、雪成は笑いながらも今一度手に在る印籠を見詰めた。雪成と同じ模様が掘られた印籠、褐色の紐に、鷹の根付。羽を広げ、爪を出す凛々しい鷹。雪成は、其の見事な鷹を指でなぞる。 「よいち、此れを見て少しは元気になってくれるかなぁ……」  思わず溢れた本音。寂しげな微笑みと共に聞こえた雪成の言葉に、鈴と信蔵の表情も曇った。そんな暗い雰囲気に、竜衛門は眉間に皺を寄せ神妙な表情へと。 「あの、殿様は具合でも……」  遠慮がちながら、言葉を切り出した。雪成も、多くは語れぬが口を開き。 「体は元気さ。只、此処の処忙しくてな……元呉服屋の俺に関われる事なんか殆ど無いし……何もしてやれねぇから」  苦笑いと共にそう答えて。やはり、酷く寂しげに見えた竜衛門は雪成を思いやる。今や立場も変わり、交わせる言葉も時も限られる。勿論、事情なんて分からない。だが、ずっと側に居て、見て来た幼馴染みだ。今の雪成に元気が無い事なんか、容易く分かる。そして、其処に鷹一郎への思いが在る事も。  竜衛門は、膝元の拳へ一度力を込めて。 「奥方様よ、らしく無いですなぁ。奥方様は、機織って何ぼでしょう……福を呼ぶ鶴がしょげて寝転んでるだけじゃ、そりゃ殿様も元気は出ねぇでしょうよ」  鼻で笑う様な竜衛門の声に、雪成は不愉快そうに眉をしかめた。 「俺が機織ったって、よいちの仕事は減らねぇだろうが。分かってねぇなっ」  簡単に言うてくれる。鷹一郎が抱えるのは、そんな事で解決はしないのだ。鷹一郎の職務や、悩む事を解決してやれる事も己には難い。常ある苛立ちも手伝い、些か強い口調となった雪成。しかし、竜衛門の瞳も鋭い。 「奥方様が、元気に機織って笑ってるのが殿様の元気じゃねぇのか。お前には、お前にしか出来ねぇ仕事があんだろうが。違うんか」
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