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其れは、静かではあるが怒気を感じる声でもあった。梟一郎は、扇子を動かす手を止めて鸛一郎を見据える。其の表情に、穏やかな笑みは無く。
「納得は、いかなかった様ですね」
冷静な声。鸛一郎は、暫し黙り込むも溜め息を吐き。
「解せぬ。当初より仕上がった結果ではあるまいか……其れとも、鶴か」
そんな父への疑念と嫉妬が混じる思いを、声にする。握られた拳が、其の憤りを表す様で。梟一郎は、そんな鸛一郎の拳を一瞥して。
「どうなさいますか……私も、父上へは訴えたい事があります」
又も、続く声に間が出来る。
「勝算は」
「其れを得る為、早くに動いたのです」
梟一郎は再び扇子を軽く扇ぐ。そんな落ち着いた様子を、鸛一郎は神妙に見詰めて居たが。
「違(たが)えば、全てを失うぞ」
強く念押しする言葉。梟一郎、其れへ軽い溜め息をひとつ。
「兄上は、やはり正しくお育ちですね」
開いた扇子が、静かに閉じられる。鸛一郎を見詰める感情の無い瞳、そして笑みが梟一郎の顔へ浮かんだ。
「博打とは、そういうものですよ――」
部屋へは、息を飲む程に冷たい声が各々の耳へと響いて居た。
時は止まらず進み行く。鷹一郎は、漸く開き出した己の領地の為に情熱を注いでいた。父の跡目を継いだらば、此の城も領地も家臣団の他家へ託す事になろう。だが、其の瞬間迄己の力を注ぎたい。そして、此処を任せる家へは、確実な形を引き継いで貰いたいと。
そんな日々の中。後継の宣言が迫ったある日であった。一通の書簡を託された信蔵が、血相を変えて鷹一郎の執務室へと飛び込んで来たのだ。
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