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そんな城内の不穏な慌ただしさを、奥でも囁く者等が。当然、雪成へ雰囲気が伝わらぬ訳もなく。鷹一郎の口より聞かされる迄は、不確かな噂に過ぎぬ。大事であるならば、鷹一郎は必ず己へも話してくれよう。だが、此の時雪成は、胸にある霧がどんどん大きく広がる様な不安が増して。
其の日の夕刻。鷹一郎が、雪成の部屋へとやって来た。夕日が照らす部屋の中、ひとり織機へ身を向けていた雪成は、鷹一郎の気配へ手を止め振り返る。
「お疲れさん。よいち」
何時もと変わらず、笑顔で迎える事しか出来ない。だが、己が不安を見せてはいけないのだと。そんな雪成へ、鷹一郎は微笑みその場へ静かに腰を下ろす。
「済まぬ。機織りの邪魔をしたな」
「良いんだよ。言ったろう、此れは俺の趣味さ」
言いながら、雪成も織機より身を離し鷹一郎の向かいへ腰を下ろした。暫し互いに声は無かったが、鷹一郎の表情は神妙なものへ。そして。
「兄上等が、此度の決定には従えぬとの事だ。御家騒動……で済めば良いのだが、事態は深刻である。家臣や民の為にも、私は動かねばならぬ」
其の声は冷静で、淡々として居た。改めて聞かされた確かな内容に、雪成は目を見張ったまま。御家騒動に止まらぬ、では其の先とは。そして、語る鷹一郎。今、何れ程其の心が傷付いて居るか雪成に分からぬ訳は無い。兄等と争うと言うのに、こんな時迄。
「私の元へ来たばかりに、斯様な事へ巻き込み真に済まぬ。必ず私が守――」
手を付き、頭を下げた鷹一郎の声が止まる。突然、雪成が鷹一郎を抱き締めたのだ。
「よいち。何を我慢してんだよ……」
掠れる雪成の言葉。徐々に震え出す肩、唇を噛み締め鷹一郎を強く抱き締めて。
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