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辛うじて身を起こせた鷲正は、老いた己の無様へ悔しげに拳を握り締める。
「父上。御体にさわりまする……どうか、どうかお静まりを」
父の背を優しく擦り、鷹一郎が布団へと戻る様に促すも、鷲正は此のままでと無言の意思を示した。
こんな時に、何と不甲斐無いことかと鷲正の胸の内。父より、何としても旭日川を、多くの民の平和を守る様に全てを託されたと言うのに。情勢が不安定になりつつある事は、父の代より聞かされて居た。まさか、梟一郎を主に鸛一郎迄が此処に深く関わって居ようとは。天下人であるならば、其処を疑うべきであったのか。だが、息子を疑えと言うのか。よもや、息子と戦等。そして、鷹一郎の肩へのし掛かってしまって。
「済まぬ、鷹一郎……そなたは、何時も貧乏籖であるな……済まぬ……」
現在開戦となると、此方はかなり厳しい事は必至。更に、老いた己が戦地へ迎えぬ情けなさ。鷹一郎の肩へ、全てを乗せねばならぬ。幼い頃より、主張の乏しい鷹一郎はよく損な立場になる事もあった。そうして、こんな時に迄。
鷲正は悔しげに哀しげに、鷹一郎の手を握る。鷹一郎は、其の弱々しい手の温もりに応える様に、両の手にて其の手を包んだ。そして。
「いいえ」
強い否定の声を。俯いて居た鷲正が、其の否へ顔を上げた。其処には、今迄に無い強い眼差しで鷲正を真っ直ぐ見据えた鷹一郎が瞳に映る。
「私の籖運は全て、雪成を得る為のものでした。私は、今在る現実に不満等一切ありませぬ。越えねばならぬものは越えれば良い、変えねばならぬものは変えれば良い……民の為に、私が頑張るだけです」
其れは、微笑みと共に静かに告げられた。其の瞳は、やはり強い意思に溢れて。鷲正は、思わず此れが鷹一郎かと目を見張った程。
「鷹一郎……」
「旭日川が守って来た天下の平和の為に、必ずや勝鬨を上げて見せまする」
改まり身を正した鷹一郎は、拝と共に父へ誓うのだった。
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