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鷹一郎は、開戦に備え早々に旭日川の城を後にした。父より、全てを託された戦。己の肩に、全てが掛かる重責。父の話より、兄等が慎重に事を運んで来た背景も、まだ全てを把握出来ぬままに。勝利の確信等は無い。だが、鷹一郎の思いは先程父へ告げた。越えねばならぬものは越える、変えねばならぬものは変える。其れは、雪成が鷹一郎へ気付かせた事だと。
帰城後。鷹一郎は、家臣等へと事態を告げる。だが、皆既に覚悟を決めて居たのだろう。鷹一郎の宣言へ驚く者は居らず、冷静に其れを受け止め拝を。家臣等も、其々大切なものを背負う。其れ等と、今生の別れとなるやも知れぬのだ。だが、退けぬ。家の誇り、主君への忠義。そして、大切な者等の明日の為にも。己等は、武士であるのだから。
開戦迄は時がある。鷹一郎は、出陣迄に会える者が居るならば会うが良いと許した。逃亡の可能性を危惧する側近の声もあったが、必ず戻って来てくれると鷹一郎は強く告げて。
其れからの鷹一郎も開戦の準備、側近等との会議と慌ただしさがあり、雪成とは食事すら共に摂れぬ事も。だが、床入りは通常の時分に。方向は最後になったが、改めて雪成へも事態を告げる事に。雪成も、大方予想して居た事。特に驚くでは無く、静かに鷹一郎の話を受け止めて。
「――雪。そなたには、此の城を任せたい」
神妙に依頼する鷹一郎の言葉に、雪成は強く頷く。
「ああ。よいちは絶対帰って来るんだからな……ちゃんと、俺が……」
頷いた、迄は良かったのだが、言葉の後半が掠れ行く。呉服屋の子として生まれ育った雪成には、やはり武家の奥足る心得は無い。戦へ向かう恋しい夫を、毅然とし送り出す等心が追い付かないのだ。そして、鷹一郎には雪成の思いが全て分かって居る。其れでも、気丈に振る舞おうとする姿を、無意識に抱き締め、唇を重ねて。
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