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「ん……ふ……」
深く、けれども優しい口付け。徐に顔を離すと、雪成の涙溢れる顔が鷹一郎の瞳に映る。
「御免……御免……よいちの立場も、ちゃんと分かってる……でも、俺……やっぱり、嫌だって思うんだ……怖いんだっ、よいちも、皆も、ずっと此処に居て欲しい……!」
吐き出したのは、雪成の素直な言葉。武家の作法も心得も無い、一呉服屋の坊育ち。此の現実を受け止めるには、余りにも酷で。
鷹一郎は、そんな雪成の髪を優しく撫でながら腕におさめる。
「ああ。有り難う……雪でなければ、言葉にはしてくれぬ」
そう静かに出た鷹一郎の声。雪成は、何故礼をと涙で溢れる瞳に鷹一郎の顔を映した。鷹一郎が微笑む。
「私も、皆もそうだ。ずっと、大切な人と共に在りたい。誰かへ刀を向けて、矢等放ちたくは無いのだ……其れは、酷く恐ろしい事だ。だが、我等は言えぬ。言うてはならぬ」
雪成は、静かに語られる言葉を胸へと刻み行く。生まれも育ちも違う、雪成と鷹一郎。互いへ成された教育も、心得も、重きも違う。だが、其れだからこそ。
「声に出来ぬ我等の代わりに、雪が言うてくれた……有り難う。恐れと哀しみは、置いて行ける」
恐ろしい、哀しい、戦いたくはない。其れは、皆が胸の奥に抱く素直な思い。だが、大切な人の明日が脅かされると言うのなら、決して退く事は無い。其れは己等の存在意義、そして誇りでもあるのだから。
「よいち……っ!」
鷹一郎の思いに、雪成は再び顔を埋め素直に涙した。
「此れは我等にとっての大仕事……必ず生きて帰る。私は、私を信じ付いて来てくれた家臣、民達……そして、雪の為に戦う。雪が笑って過ごす明日の為に」
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