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身支度を済ませ、朝餉となる。雪成が部屋へ入ると、其処にあった鷹一郎の姿。新婚から、何時もと変わらぬ朝の風景だ。しかし、本日ばかりは違う。けれど、雪成は敢えて何時もと変わらぬ食事の雰囲気で。話す会話も他愛ない、鷹一郎へ見せるのも明るい笑顔だけを。
時を引き伸ばす事は出来ぬ。其の訪れた時を、雪成は懸命に受け止めて其処に居た。
「――城は任せてくれ!皆を待ってるぞ!」
並ぶ家臣等の顔を見渡し、最後に鷹一郎の顔を見詰める雪成。其の顔に涙は無いが、硬い笑顔はどうにもならず。鷹一郎には、己の心情よりも雪成にこんな笑顔をさせる事へ心が傷む。愛する人を、こんな表情にさせたくは無い。だからこそ。
「必ず、雪の元へ帰る」
明るく笑って見せる鷹一郎。此れは、雪成が教えてくれた表情。そして、必ず成し得たい強き思いを声にして。雪成はそんな鷹一郎の過ぎる程の優しさへ、堪えて居た涙を浮かべそうになる。だが、此の日は涙を見せる訳にはいかない。顔を隠す様に鷹一郎の胸へ飛へび込み、腕を回して。頬に当たるのは、硬くて冷たい甲冑。常磨き、重ね行く精進と共に、生涯無駄になる事を強く望んでいた姿。其れを身に付けねばならない、優しい夫の胸。
「約束したぞ……っ、必ず帰ってくるんだぞ……絶対、絶対だからなっ……帰って来ないと、う、浮気してやる!」
鷹一郎は、強がる雪成の掠れ掛けた声に一瞬瞳を憂えさせるが。
「其れは絶対に成らぬ。其の者を、討たねば成らなくなるだろうが」
突っ込みをひとつ。ほんのり和らいだ空気に、家臣も笑みを浮かべて。
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