綾も錦も。

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 鷹一郎は、胸へ顔を埋める雪成の頭上を見詰める。旭日川家に生まれた己は、多くのものを背負う。民達が笑顔で、変わらず迎える明日の為に生きねば成らぬ身。だが、一匹の鷹として生きるならば、己の望みは此の腕に在る愛しき鶴の明日。  甲冑に覆われた腕に力を入れ、鷹一郎は雪成を抱き締める。そして。 「不安等無い。私には、福を呼ぶ鶴が付いて居るのだから――」  己の福とは何かを教えてくれた、愛しい鶴の為に。翼を広げよう。爪を出そう。天高く声を張り上げ、勝鬨を上げるのだ。鷹一郎は、そう強く誓うて。  雪成も覚悟を決める。戦へ向かう鷹一郎等を見送り、奥の部屋へと送り届けてくれた女中等を振り返る。 「皆、お願いだ。俺が機を織ってる間は、決して部屋に入らないで欲しい。食事は、此処へ置いてくれれば良いから」  其の神妙な声に、皆戸惑いが。一体、何をなさるおつもりかと。 「奥方様……」  不安そうに、鈴が声を。しかし、雪成は何時もの様に明るい笑顔を見せる。 「大丈夫さ。風呂や厠はちゃんと出てくるし、やつ時の豆大福も忘れずに頼むよ。あ、勝殿。此れをうちの父親へ届く様に手配して欲しいんだ……勿論、急ぎで」  不意に懐より取り出した書簡。託された勝は、其れを確りと胸元へ抱き締めて。 「畏まりました……!」  強く答え、勝は走り去った。 「鈴殿、皆も。反物が仕上がれば必ず声を掛ける。順に、送って欲しい処があるんだ……其の手配を任せたい」  鈴を含む皆、反物とはと戸惑いを見せる。しかし雪成の言葉だ、きっと何か大きな意味があるのだと厳かな拝にて答えて。女中等も、雪成を案じながらも鈴の声に其々成すべき事へと。城を託されたのは、雪成と女中等。何としても最後迄、此の城を守らねばならぬ。
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