鶴の婿入り。

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 当初は、両親兄夫婦の勢いに圧され、戸惑いを見せた雪成。取り敢えずと、溜め息混じりに其の紹介の書簡を受け取る。此れ迄の見合い相手は、誰一人興味が持てず、中には嫌悪を抱く者も居た。勿論、触れ合うた事等無いが、何故かそう感じて。他家へ向かった兄姉が、嫁ぎ行く前へ己へ語り聞かせてくれた。年を重ねても決して焦るな、行くべき処は必ず己で分かると。  半ば面倒臭いと思いながら、広げた書簡。だが、其の字を見た瞬間に、何故か胸の奥がざわついたのだ。其の字を、綴られた言の葉を読み進める雪成。家族は、今迄に無い雪成の反応へ固唾を飲んで見守る。暫し、部屋が緊張感漂う沈黙が支配して居たが。 「側室の子……特に、不自由は無い状況に思えるけど……」  静かに、雪成が思う事を呟く。正直、此の書簡の字からは、此れ迄感じた嫌なものは無い。しかし、名声や富の為に己を欲する他家へ、雪成は常に嫌悪感を持って居た。己の家より婿嫁をと願い出て来るには、何かしら望むものがあるからだろう。多額の結納金を懸けて迄も、此の男が乞うものとは何だろうか。己の信念に逆らう様な本能的感覚に、何処か不安もあって。 「ど、どうだろうか、雪……」  不安そうに訊ねる父と、見守る様な母。雪成は、軽い溜め息を吐いて。 「行って欲しいよね。俺に、婿へ……」  父母、兄夫婦へ顔を向けて問う。一瞬声に詰まる一同ではあったが。 「お前の直感は、何と言ってる?」  兄が神妙に返して来た言葉。雪成は、静かに手元の書簡を下へと置いて。 「今迄みたいな、嫌な感じは無い。御鶴様と御先祖様の意思かも知れないと思う……でも、本音はずっと此処に居たい」  憂える瞳で、素直な思いを吐露した雪成。此れに、父母や兄等も何かを察し黙り込む。雪成は続けて。
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