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何とも自然に、そんな言葉を聞かされた母は、父の腕の中顔は真っ赤に。
「あ、あなた、子供の前で……っ」
もう良い年だと言うのにと、遂に顔を両手で覆う母。
「光吉、お前はどうだ」
そんな雰囲気ものともせず、光吉へも意見を。父は常に己の調子を崩さぬ。勿論、光吉は狼狽えつつ、泳ぐ視線を妻へ向けて。
「えっ?ど、どうって……ま、まぁ……ほ、他は、興味無い、が……っ」
言葉の後半は頭が垂れて、恥ずかしさに声も小さくなってしまった。妻は、頬を染めながらも嬉しそうに、光吉の肩を軽く叩いて着物の袖で顔を覆う仕草。
仲良き事はともかく、現在独り身の己には些か複雑な空気に雪成は表情を失くすも。
「な。だから、其れは大丈夫だ。御鶴様が下さった、不思議な力の方が強くて、お前が追い付かないだけさ。必ず、納得出来る時が来るからな……安心をし」
父の穏やかで、優しい笑顔。頭を撫でてくれる暖かな掌。雪成は、照れ臭そうに笑いつつも、頷いてみせたのだった。
そして。訪れた祝言の日。遂に一鶴家の末子の行き先が決まったと、其れなりの騒ぎとなって居た。生家である呉服屋より出た雪成は、上下白の紋付き羽織袴姿。金の糸で刺繍された羽を広げる鶴が、日の光に反射する度に輝く。頭上にて結われた髪も、馬の尾の如く軽やかに揺れて。只、其の美しい顔は白い布で覆われた。此れは、一鶴家の慣わしである。遠い先祖は、人へと姿を変えたある一匹の鶴より不思議な反物を賜り富を得たと。其の鶴が反物を仕上げる間は、決して己の姿を見てはならぬと語った事へ由来するらしい。
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