鶴の婿入り。

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 無事祝言も終え、鷹一郎は残る職務を片す為に執務へ向かうとの事。祝言の日にも関わらず、見た目通り粋も何も心得ぬ朴念仁の様だと、雪成は頭の隅で呆れつつ。とは言え、気は楽だ。家臣へ此れより私室として与えられる部屋へ案内された。中々に広く、良い造りである。祝言の間にだろうか、実家より持って来た雪成の私物が、既に其処へと運び込まれて居た様で。夜の湯浴み迄、ゆっくり御過ごしをと頭を下げて出て行った家臣等を見送り、広い部屋に雪成はひとり寝転んでみた。眺める天井は、実家の私室より高く思える。決して悪くは無い。しかし、一変した此の環境はやはり居心地良いとも思えず。  雪成は身を起こすと、私物のひとつである機織機の側へ。此れは、雪成の誕生と共に贈られた織機なのだ。一鶴家にとっては、読み書きよりも先ず、此れの扱いを教育される程に重要なもの。雪成は、此れで己の思う反物を考案し、形にする事に生き甲斐を感じて居たが。 「武家の奥方って、機織りとかするのか……?」  全くの畑違い、心得も無い処へ。せめて、商売人の家が良かったと溜め息を漏らしつつ。  其れでも、ひとり反物の柄等を思案していると時は知らぬ間に過ぎて居た。運ばれて来た夕餉だが、鷹一郎はまだ手が空かぬとの事で、ひとりでの食事。寂しい等とは微塵も思わぬが、此処で少々苛立ちも。己は、此処へ望まれて来てやったと言うのに、初日より扱いがぞんざい過ぎると。君主の子だか知らぬが、無礼ではあるまいか。雪成は、飯を頬張りつつ、青筋をたてていた。夜は流石に来る筈。一言物申してやらねばと息巻いて居たのだが。 「――ひとつ、そなたへ言うて置きたい。此の度の婚姻へ、私の意思は一切無い」
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