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14 ユリアンの過去①
実の母はユリアンが五歳の頃亡くなった。
昔のことはよく思い出せないが、朧気に覚えているのは母の遺体に縋りついて泣いていたことくらいだ。
母の死後、淋しさに泣きはしたが、だからといって暴れたり、周りに迷惑をかけたような覚えはない。そのことから、おそらく自分は母や周りからたくさんの愛情をかけられ、大切に育てられていたのだと思う。
それから二年後のこと。7歳になったユリアンに新しい母ができた。現ベルクヴァイン公爵夫人だ。
最初はユリアンに笑顔を向けてくれていた継母も、異母弟が生まれてからはユリアンのことを徐々に疎むようになっていった。子ども心にその理由もなんとなくわかった。他人の生んだ子よりも、自分の生んだ子どもの方が可愛いのだ。そして異母弟を公爵家の跡継ぎにしたかったのだろう。
しかしユリアンは眉目秀麗で、座学も家庭教師が唸るほど。優秀で非の打ち所がない兄ユリアンに比べ、継母からわがまま放題に育てられた異母弟は、授業となると五分と椅子に座っていられず、教師たちの手を焼かせていた。当然父であるベルクヴァイン公爵がそんな異母弟を後継者に指名するはずもなく、そのことが継母とユリアンの間の溝をさらに深めていき、生家は彼にとって一番居心地の悪い場所になった。
今でこそ天才騎士として名を馳せるユリアンだが、昔は武芸など最低限身を守れる程度の訓練しか受けていなかった。しかしそんなユリアンが、騎士の道を歩むきっかけとなる出来事が十四歳の時に起こる。
この頃ユリアンは継母との折り合いが一番悪い時期で、よく公爵邸を抜け出してはなにをするでもなく街をうろついていた。
ユリアンの運命を変えたあの日もそうだった。
「まったくお前ときたら、本当に使えない女だな」
耳が拾ったのは、ひどく侮蔑のこもった言葉だった。
声のした方へ顔を向けると、ユリアンよりも年上の青年が、隣を歩く女性に向かって不快な言葉を投げかけていた。
夫婦というには年の若い二人連れ。庶民よりは仕立てのいい服を着ているところを見ると、おそらく末端貴族の婚約者同士といったところだろうか。ニヤニヤと気分良さげに相手を詰る男の様子を見る限り、きっとこれはいつものやり取りなのだろう。
自分より弱い立場の人間をつかまえてはうさを晴らすという、どこにでもよくいる最低な野郎だ。
聞いていていい気持ちはしなかったが、ユリアンには関係のないこと。いつもならそのまま気にせず立ち去るところだった。
けれどユリアンは見てしまった。
隣に立つ亜麻色の髪の女性が男に返したその優しくも切なげな微笑みを。
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