1220人が本棚に入れています
本棚に追加
16 ユリアンの過去③
ヴァルターとギード。
そしてヴァルターという男は貴族だと言っていた。
ユリアンは公爵邸に戻ると、秘密裏にこの二人の身元を調べさせた。
ヴァルター・アレンス伯爵令息。アレンス伯爵家の長男で十九歳。
「婚約者あり……婚約者の名前はツェツィーリエ・コール伯爵令嬢……ツェツィーリエ……」
なぜかユリアンは、まるでうわ言のようにその名を呟き、反芻していた。
「ギード……犯罪組織の末端か……」
やはりただのごろつきと変わらない。だがあの時の言葉が妙に気になる。
“いいお客様”とはなんだ?
ヴァルターがあのあと娼館に入っていったところを見ると、単に奴らの息のかかったところを頻繁に利用する上客という意味合いだろうか。
だが娼館にも格というものがあり、王都で許可されてる娼館ならどこもそれなりだ。そこには守秘義務だって当然存在する。ヴァルターが上客だというのなら、あんな風体の奴らが接触するなんて有り得ないだろう。貴族は人の目をなによりも気にする。それにギードの、ツェツィーリエを品定めするようなあのいやらしい目つき……
ユリアンは気になってどうしようもなかった。だからといってなんの関係もない貴族のために、公爵家の力をこれ以上使うわけにもいかない。ユリアンにできることといえば、ただ見守ることくらいしかなかった。
*
「 これじゃまるでただのつきまといだな……」
歩きながらユリアンはひとりごちる。
だがどうしてもツェツィーリエのあの切ない笑顔が頭から出ていかない。せめて、彼女に危害が及ばないと確信できるなにかが欲しかったのだ。
その日も街に出たユリアンは、ヴァルターに絡んでいたギードと遭遇した。
ギードはなにをするでもなく、人相の悪い手下を連れて、光を宿さない暗い瞳で行き交う人々を見ていた。
しばらく観察していてユリアンはあることに気づく。ギードが話しかける相手は皆一様に身なりのいい者だった。しかも中には騎士と思しき格好の者までいた。
ギードと話しかけられた男たちの力関係は、その話し方から察するにやはりギードの方が上。
(なにか弱みでも握っているのか?)
だとしたらなんだ?醜聞か?
女に金に……貴族の醜聞なら掃いて捨てるほど聞くが、しかしギード程度の下っ端には、貴族の弱みを握れるほどの資金力などないはず。
一人考えを巡らせていると、ギードは移動を始めた。手下を引き連れ、入っていったのは街のはずれの暗い裏路地。
身分を伏せた軽装とはいえ、ここに入るのは危険だとユリアンの本能が告げている。
しかしここを行けばすべての謎が解けるか、もしくはそのための手がかりが手に入るかもしれない。ユリアンは逡巡した。
そして再び脳裏にツェツィーリエの顔が浮かび、覚悟を決めたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!