1220人が本棚に入れています
本棚に追加
17 ユリアンの過去④
表通りからたった一本裏に入っただけで、こうも違うものか。
カビ臭い路地を歩きながら、ユリアンは思わず鼻と口を手で覆った。
育ちのいい自分にはこれまでも、そしてこれからも縁のない場所だったはず。なのになぜ自分はこんなことをしているのだろう。
すべてはあの……ツェツィーリエを見た日からだ。あの日からユリアンの世界は変わってしまった。しかもそれがなぜなのかがわからないから、自分でもどうしようもない。
路地は建物と建物の間、大人一人がゆったり歩けるほどの幅で、たくさんの裏口がこの道と繋がっていた。
中には酒場だろうか、路地にまで喧騒が響いて来る扉もある。だがそれがユリアンの足音を消してくれて逆に助かった。
ギードたちはしばらく進んだ先にあった扉の中へと入っていった。
(隠れ家かなにかか?)
ユリアンは護身用の剣に手をかけ、扉に近づき耳をすませた。
「次はいつになる?」
ギードの声だった。
「最近は注文が多いからね……このままじゃ製造が追いつかなくなるよ」
質問に答えたのは老婆のようなしゃがれた声の持ち主。注文ということは、ここはなにかの取り引きをしている場所だろうか。
「最近はお偉方の注文が多くてな。うまくいけば大儲けできるぜ?弱味だって握れるから色々と都合がいいんだ。だから早くしてくれよ」
「……使いすぎると廃人になっちまう。ほどほどにしとかないと、あんたもえらい目にあうよ」
「大丈夫さ。なんせ今度は王族にも伝手ができそうなんだ」
(王族?)
ユリアンは耳を疑った。
扉の向こうで交わされている会話の内容から推察するに、おそらくギードは違法薬物の売人だ。
ツェツィーリエの夫であるヴァルターはなんらかの理由で知り合って、ギードから薬を買っていたのかもしれない。そこまではよくある話だ。しかし王族となると問題の大きさが違う。
(一体誰のことを指している?)
ユリアンとて王族の血が流れているのだ。他人事では済まない。
「王族となれば支払いも確実だろうしな……そうそう、そういえばあのヴァルターって貴族、いい女を連れてたなぁ……法外な値段をふっかけて、借金のかたに差し出せって脅してやるか」
「ギードの兄貴、そりゃいい考えだ!あんな別嬪さんとヤれる機会なんて滅多にねえよ。たっぷり可愛がってやるか!」
「馬鹿。お前にゃやらねえよ」
そりゃねえよギードの兄貴、と同情を誘うような子分の声に、室内にいる人間たちが下卑た笑いを響かせる。
このとき、ユリアンの中のなにかがプツリと音を立てて切れる音がした。
最初のコメントを投稿しよう!