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最初の結婚は、ツェツィーリエが二十五歳の時だった。
相手は幼馴染みで名はヴァルター。同い年の彼とは、家格も財政状況もほぼ同じ。仲は良くも悪くもなかった。所謂家同士の結びつきのための結婚だった。
結婚するには少し遅い年齢だったが、それはヴァルターの放蕩さが主な原因だった。
ツェツィーリエはこれまで胸を焦がすような激しい恋を経験したこともないし、ヴァルターに男としての魅力を感じてときめくようなこともなかった。だが貴族に生まれた者の結婚はそのようなことが当たり前で、ヴァルターは周囲に対し少し居丈高なところがあったが、別に暴力を振るうわけでもない。だからツェツィーリエは、自身の結婚を別段不満に思うこともなかった。
だが結婚から三ヶ月が経ったある日。
朝いつものように見送ったヴァルターは、その日の夜、変わり果てた姿でツェツィーリエの元へ帰ってきた。
喉をひと裂き、真一文字に斬られ絶命した彼の首には、流れ出た血で真っ赤に染まった包帯が巻かれていた。
検死した医師は、犯人は相当な剣の使い手で、一撃で仕留めたであろう迷いのない傷からは、ヴァルターに対する憎悪のようなものを感じると話していた。
愛していたわけじゃなかった。けれど夫婦となり、短い間ではあったが身体を重ね合わせた夫の死は、ツェツィーリエの心に深い傷を残した。
それから一年が経ち、喪が明けたツェツィーリエに縁談が持ち上がった。相手の名を聞いた時はツェツィーリエも両親も、あまりの驚きに開いた口が塞がらなかった。
ユリアン・ベルクヴァイン公爵子息。王族の血を引く由緒正しきベルクヴァイン公爵家に名を連ねる彼は卓越した剣技の持ち主で、天才騎士として名を馳せていた。そして剣の腕もさることながら、彼の人並み外れた美しい容貌も人々の注目を集める要因だった。
それは友人が多くないツェツィーリエでさえ、社交界に顔を出せば必ずといっていいほどその名を耳にするほど。
現国王の二人の王女殿下のうち、どちらかの降嫁先とも目されていた彼から、ツェツィーリエ宛に婚約を申し込む旨が記された書状が届いたのだ。
この時ツェツィーリエは二十六歳、ユリアンは二十一歳だった。五歳も年の離れた未亡人であるツェツィーリエに、初婚で、しかも地位も名誉もある若き美貌の青年が婚約の申し込みなんて有り得ない。
おそらく、この結婚を隠れ蓑にしなければならないような理由がなにかあるのだろう。ツェツィーリエ自身も、そして周囲の誰もがそう思った。
きっと契約のような書面が送られてくるに違いない。
しかし身構えていたツェツィーリエたちに、ベルクヴァイン公爵家から届いた婚約にあたっての条件が記された書面には、ツェツィーリエが公爵子息夫人として何不自由なく暮らすための、公爵家側が提示出来得る限りの条件……というよりも、心遣いが感じられる提案のようなものがまとめられていた。
そこまでされては断る理由を見つける方が難しかったし、なによりこれ以上生家の厄介になるわけにもいかなかった。
こうしてツェツィーリエが公爵家の一員となってはや半年が経つ。
*
「……ん……旦那……様……?」
深夜。眠りが浅かったのか、ギシリと寝台の軋む音に気づき重い瞼を開けると、自分を見下ろす美しい琥珀色の瞳と目が合った。
「……すみません……戻りました」
なんで謝るのだろう。ここは他ならぬ彼の屋敷なのに。夫の帰宅はいつも遅く、任務のために数日戻らないことも珍しくない。
先に休んでいたツェツィーリエを起こすことを悪いと思っているのか、それともこれからすることに対しての謝罪なのか、大きな手のひらがためらいがちにツェツィーリエの頬を撫でる。
湯上がりなのだろう、彼の身体からは石鹸のいい匂いがした。
「お出迎えもせず申し訳あ……ん……」
言いかけた言葉は近づいてきた形のいい唇の中に吸い込まれた。
彼はいつも優しく問いかけるように舌先を触れ合わせてくる。ツェツィーリエがそれに答えるように舌をなぞり返せば、長い夜の始まりだ。
好きだとも、愛してるとも言われたことはない。けれど彼は今夜もツェツィーリエを抱く。
夫に求められることは嫌じゃない。嬉しい。
けれどツェツィーリエを翻弄するこのたくましい身体は、本当は別の女性を求めているのを知っている。
彼には、愛する人がいるのだ。
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