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 「戦勝の宴……ですか?」    翌日。珍しく遅番だというユリアンと、久しぶりに朝食をとっていたツェツィーリエは、聞き慣れない言葉に戸惑った。  「ええ。内輪だけの慰労会のようなものなのですが、家族を同伴するようにと言われていまして……」  そういえば、長らく小競り合いが続いていた国境沿いの紛争が、先日話し合いによる平和的解決に至ったばかりだ。最終的に敵側が降伏する形であったため、“戦勝”と銘打ったのだろう。  ツェツィーリエは、ユリアンも何度か戦地に足を運んでいたことを思い出す。もっとも天才騎士と名高い彼は、傷一つ負わずに戻ってきたのだが。  「王宮舞踏会のような形式張った会ではありませんから、できれば一緒に出席していただけないでしょうか」  「それは構いませんわ。ですが支度はどのように……宴には国王陛下もご出席なさるのですか?」  いくら内輪の会だといっても、王族が参加するとなれば身なりには気を抜けない。ツェツィーリエの評判はユリアンにも関わることだ。  「ええ。陛下に王妃殿下、それと王女殿下方もご出席なさる予定だと聞いています」  「そうなのですね……」  ?  喉まで出かかった言葉をすんでのところで呑み込んだ。  「……私はその日出勤なので、会場でお待ちしています」  「わかりました。粗相のないよう気をつけます」    *  ユリアンは朝食を終えるとすぐに、職場である王城へと向かった。  見送りを終え、自室に戻ったツェツィーリエは、昨夜の疲れが残る気怠い身体をソファに横たえた。  (本当に私が同伴してもいいのかしら……)  家族が同伴なのだ。ユリアンの相手はツェツィーリエしかいない。しかし、会場には彼の想い人がいる。  第一王女アデリーナ。前王弟殿下を祖父に持つユリアンと同い年の彼女は、はとこ同士で幼馴染みだ。  幼い頃より親交があり、仲のいい二人にまつわる噂は数多くある。二人が恋人同士であるという話しに、ユリアンが騎士の道を選んだのはアデリーナを守るためだという話しも。  騎士団内でも随一の実力を持つユリアンは、王族の警護にあたることも少なくない。おそらくそれも人々の妄想を膨らませる材料の一つなのだろう。  噂に振り回されることほど無駄なことはない。自分の目で見たものしか信じない主義のツェツィーリエは、それをあくまで噂として捉えていた。そう、までは……  *  『まさかこんなに早くお前が身を固める気になったとは驚きだ。ツェツィーリエ嬢はさぞかし素晴らしい女性なのだろうな』  婚約の報告をしに赴いた王城の謁見の間。  そこには国王陛下に王妃殿下、そして二人の娘である王女殿下方が出席していた。  ユリアンはなかなかの堅物で、それは時に国王ですら手を焼くほどであるらしく、一家の面々は矢継ぎ早にユリアンを射止めたツェツィーリエの偉業を褒め称えた。  『ツェツィーリエ様、ユリアンはとってもわがままだから、これから大変だと思うけど頑張ってね』  くすくすと屈託なく笑う笑顔が美しい、第一王女アデリーナ。  心から祝福しているようなその顔を見て、ツェツィーリエは安心した。やはり噂は噂でしかなかったのだ。そう思い隣のユリアンを見た瞬間、ツェツィーリエは慌てて息を呑んだ。  頬を赤く染め、眉根を寄せてアデリーナを見つめるユリアンの瞳はどこか切なげで、やり場のない怒りを孕んだ少年のような表情だった。  数度の顔合わせしかしていなかったが、彼のこんな熱のこもった表情を見るのは初めてだった。  そのあとのことはよく思い出せない。謁見の間中、ずっと心が波立っていたから。  それからしばらくは、あの日のことは自分の気のせいだと思い込むようにした。  だが結婚式の当日。王家の代表として式に参列したアデリーナと視線を絡め合わせるユリアンを見て、あの日感じた違和感が気のせいではなかったことを知る。  おそらく二人は特別な関係で、なにか理由があって別れることを余儀なくされたのだ。そしてユリアンはまだ心の奥で、アデリーナへの想いを燻ぶらせている。  きっとツェツィーリエとの結婚はアデリーナに対する当て付けで、彼にとって相手は誰でもよかったのだ。けれどユリアンがツェツィーリエを選んだのはきっと偶然じゃない。  初めての夜、ユリアンはツェツィーリエの首筋に顔を埋め、愛おしそうに髪を梳いた。何度も何度も、アデリーナと同じこの亜麻色の髪を。  ツェツィーリエは身代わりなのだ。アデリーナへの叶わぬ想いをぶつけるために用意された人形なのだ。  だから、己の役割を決して忘れてはいけない。なにも求めてはいけない。  彼がどんな人で、外でなにをしていても関係ない。ツェツィーリエはいつも笑顔で迎えるだけだ。人形のように。      
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