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 ツェツィーリエは回り道をして目立たぬようパウダールームへと向かった。  庭園から戻る姿を見られれば、二人の逢瀬を覗いていたことがばれるかもしれないと思ったからだ。  それに、今自分がどんな顔をしているのか確認したかった。  だが歩いているうちに、あれほどうるさかった鼓動は収まってくれた。これならきっと、ユリアンと顔を合わせても何事もなかったように振る舞えるだろう。  (醜い顔は見せたくない)  そんな思いを抱えながらたどり着いたパウダールームには、運悪く先客がいた。  おそらく今日の出席者の家族だろう。二人連れと思しき若い女性の声は、パウダールームの外まで漏れ聞こえていた。  「ねえ、ご覧になった?今日もとても麗しかったわぁ」  「ベルクヴァイン公爵家のユリアン様でしょう!?当たり前ですわ!今日はあの方を見るために来たようなものですから」  「ですわよねえ。むさ苦しい男たちの集まりなんて……と思いましたけど、ユリアン様がいらっしゃるなら話が別ですわ。目の保養になりました」  興奮気味にまくし立てる様子からすると、彼女たちが未婚なのか既婚なのかは知らないが、要するに夫に憧れている数多の女性の一部だろう。驚くまでもない。このくらいのことならこれまでに何度も耳にしてきた。    「それにしても……なんでユリアン様ほどの方があのような女性と結婚なさったのかしら?」    またこれだ。  ツェツィーリエは人に蔑まれるような人生を歩んできたつもりはなかったが、ユリアンとの結婚が決まってからというもの、言葉を交わしたこともない女性たちから(いわ)れのないことについて、あれこれと罵られることが増えた。  嫉妬や妬みはわからなくもないが、既婚女性までもが口を揃えて言うのは理解できなかった。夫のいる身でどの口が、と。  「あら、あなた聞いたことがないの?あの噂」  「あの噂?」  「ほら……あまり大きな声じゃ言えないけど、アデリーナ殿下って相当お楽しみになってるそうじゃない?」  随分大きな声だが問題はそこじゃない。  (お楽しみ?お楽しみって……)  貴族の間での隠語は様々あるが、この国で“お楽しみ”という言葉は主に男女の営みを指す。  まさか、アデリーナに限ってそんなことは有り得ない。第一王女アデリーナは才色兼備と諸国にも名高い。そして慈愛に満ち溢れた彼女は身分を問わずすべてのものに手を差し伸べ、微笑みかける聖母のような女性。  ツェツィーリエなど到底敵わない、すべての女性が憧れてやまない存在だ。そのアデリーナがお楽しみ?しかも相当?  「嘘でしょう?そんな話、どこで聞いたの?」  それはツェツィーリエも聞きたかった。王族の醜聞を広げたなどと知れれば、たとえそれが作り話だとしてもただでは済まされない。  「アデリーナ殿下と親交があった方々からよ。内密に開かれた宴に度々呼ばれていたみたい。そりゃあその気になるわよね。でも殿下からしたらただの遊び……だから袖にされた恨みよね。皆さん一様に顔色が悪くて、言っていることも滅茶苦茶だったけど……まあそれも仕方ないわよね。でも確かにこの耳で聞いたから、間違いないわ」  「まあ!そんなことが?」  「ええ。それでその方々が言うには、ユリアン様も随分とアデリーナ殿下には苦言を呈してきたみたいなの……でもきっと、自分だけを見てくれない殿下のそばにいるのが疲れてしまったのね。それで自棄になって未亡人なんか貰ったんじゃない?気位の高い女は面倒だけど、家格も低い未亡人なら、いざ殿下とよりを戻した時も都合がいいでしょ?だって決して逆らったりはしないでしょうから」  「まあ!お気の毒だけど確かにそうね!」  喋るだけ喋って、女たちはパウダールームを出ていった。    
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