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  「ツェツィーリエ!どこか具合でも?クラウスお前、まさか……!」  ユリアンは、ワインの注がれたグラスを手に戻ってきたが、浮かぬ顔で胸に手を当てるツェツィーリエを見た途端、クラウスを問い詰めた。  「俺そんな変なこと言ってないから!お前が強くて馬鹿正直だって教えただけ!ね?」  「……ええ。旦那様のことを教えてもらっていただけですわ」  「そうですか……」  いまいち納得がいかないのか、ユリアンは胡乱な目をクラウスに向けている。  「じゃあ俺はこれで……ツェツィーリエ様、どうぞ御身に気をつけて」  「え……?」  クラウスは最後にニカッと笑顔を作ると、先ほどまでユリアンと共にいた輪の中に戻っていった。  ツェツィーリエは、クラウスの言い残した言葉に違和感を覚える。  “御身に気をつけて”  まるで、ツェツィーリエが誰かに狙われているかのような言い方だ。しかしツェツィーリエには、人から恨みを買うようなことをした覚えがない。    「部下が余計なことを……すみません」  ユリアンは苦々しい顔をしたものの、クラウスの言葉には特に言及しなかった。  もしかしたら、騎士の妻とはそういうものなのかもしれない。職務上、時に人の恨みを買うこともあるだろうし、その矛先が家族……ツェツィーリエに向くこともある。  だからクラウスはあんなことを言ったのだろう。  「ツェツィーリエ、どちらがお好きですか?」  ユリアンの手にはそれぞれ形の違うグラスが握られていて、赤と白のワインが注がれていた。白は白というより琥珀色、そして赤は渋味が控えめなのだろう、透き通るような赤だった。  ツェツィーリエは迷わず白を選んだ。  独特な芳香を放つ、糖度の高いとろりとしたこのワインがツェツィーリエは好きだった。味もさることながら、その色も。  グラスはクリスタルなのだろう。シャンデリアの光を浴びて、七色に輝くグラスの中で揺らめく琥珀色のワインに、ツェツィーリエの口元が無意識に綻ぶ。  「旦那様の瞳の色ですね」  ゆっくりとグラスを傾けると、蜜のような甘さが口の中に広がる。  「美味しいです。ありがとうございます旦那さ……旦那様?」  ワインから視線を移すと、そこには驚愕と困惑が入り混じったような表情をした夫の顔が。  ツェツィーリエには何気ない一言だったのだがこれはどういうことだ。  ユリアンは固まったままなにも言わない。  これが彼の常なのだろうか。それを判断できるほど、ツェツィーリエにはユリアンについての知識がまるでない。  結婚してからこれまで、いかに夫と会話らしい会話をしてこなかったのか痛感する。  困り果てるツェツィーリエの後ろから、声がかかった。    「ユリアンたらなにしてるの?ツェツィーリエ様が困ってるわよ。もう、相変わらず面倒な性格ねぇ」  その甘ったるい声には聞き覚えがある。ツェツィーリエはすぐに振り返ることができなかった。  
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