1220人が本棚に入れています
本棚に追加
8
「ツェツィーリエ!どこか具合でも?クラウスお前、まさか……!」
ユリアンは、ワインの注がれたグラスを手に戻ってきたが、浮かぬ顔で胸に手を当てるツェツィーリエを見た途端、クラウスを問い詰めた。
「俺そんな変なこと言ってないから!お前が強くて馬鹿正直だって教えただけ!ね?」
「……ええ。旦那様のことを教えてもらっていただけですわ」
「そうですか……」
いまいち納得がいかないのか、ユリアンは胡乱な目をクラウスに向けている。
「じゃあ俺はこれで……ツェツィーリエ様、どうぞ御身に気をつけて」
「え……?」
クラウスは最後にニカッと笑顔を作ると、先ほどまでユリアンと共にいた輪の中に戻っていった。
ツェツィーリエは、クラウスの言い残した言葉に違和感を覚える。
“御身に気をつけて”
まるで、ツェツィーリエが誰かに狙われているかのような言い方だ。しかしツェツィーリエには、人から恨みを買うようなことをした覚えがない。
「部下が余計なことを……すみません」
ユリアンは苦々しい顔をしたものの、クラウスの言葉には特に言及しなかった。
もしかしたら、騎士の妻とはそういうものなのかもしれない。職務上、時に人の恨みを買うこともあるだろうし、その矛先が家族……ツェツィーリエに向くこともある。
だからクラウスはあんなことを言ったのだろう。
「ツェツィーリエ、どちらがお好きですか?」
ユリアンの手にはそれぞれ形の違うグラスが握られていて、赤と白のワインが注がれていた。白は白というより琥珀色、そして赤は渋味が控えめなのだろう、透き通るような赤だった。
ツェツィーリエは迷わず白を選んだ。
独特な芳香を放つ、糖度の高いとろりとしたこのワインがツェツィーリエは好きだった。味もさることながら、その色も。
グラスはクリスタルなのだろう。シャンデリアの光を浴びて、七色に輝くグラスの中で揺らめく琥珀色のワインに、ツェツィーリエの口元が無意識に綻ぶ。
「旦那様の瞳の色ですね」
ゆっくりとグラスを傾けると、蜜のような甘さが口の中に広がる。
「美味しいです。ありがとうございます旦那さ……旦那様?」
ワインから視線を移すと、そこには驚愕と困惑が入り混じったような表情をした夫の顔が。
ツェツィーリエには何気ない一言だったのだがこれはどういうことだ。
ユリアンは固まったままなにも言わない。
これが彼の常なのだろうか。それを判断できるほど、ツェツィーリエにはユリアンについての知識がまるでない。
結婚してからこれまで、いかに夫と会話らしい会話をしてこなかったのか痛感する。
困り果てるツェツィーリエの後ろから、声がかかった。
「ユリアンたらなにしてるの?ツェツィーリエ様が困ってるわよ。もう、相変わらず面倒な性格ねぇ」
その甘ったるい声には聞き覚えがある。ツェツィーリエはすぐに振り返ることができなかった。
最初のコメントを投稿しよう!