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プロローグ
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
「……はい」
朝早く出勤する夫を毎日見送るツェツィーリエに対し、彼から返ってくるのはいつもこの一言だけ。
濡羽色の黒髪に、琥珀色の瞳。陶器のようにぬるりとした艶を放つ湿度を含んだ滑らかな肌。細身なのに、鋼のように鍛えられた筋肉で覆われた身体を包むのは、黒を基調とした騎士服。その胸元には、騎士団内での階級を表す徽章が留められている。盾の形をした彼の徽章には、中央に黄金の翼の生えた聖剣が象られていた。
美しく完璧なこの男性は、なんと齢二十歳にして騎士団の副団長位に就任した剣の天才で、世間からは冷酷無慈悲な戦の神と名高いユリアン・ベルクヴァイン公爵子息。
彼はツェツィーリエの二番目の夫だ。
今日も彼は、一度もツェツィーリエを振り返ることなく屋敷を出て行った。
きっと、こうして毎朝見送られることが鬱陶しいのだと思う。けれどツェツィーリエには見送りをやめることができない。今生の別れというものは、時と場所を選ばず突然やってくるものなのだと知っているから。
「皆さん、朝早くからご苦労様です。今日も一日よろしくお願いいたしますね」
ツェツィーリエは、いつも見送りに付き合ってくれる執事と侍女に努めて明るく感謝の言葉を述べ、自室へと引き返した。
見送りが終わるといつもと変わらぬ日常がやってくる。この広大な屋敷の中で、一人穏やかに時間を過ごすだけの日々。
淋しくないわけじゃない。けれど自分はわがままを言えるような立場でもない。
何不自由ない暮らし。これまで身に着けたこともない贅沢なジュエリーやドレス。
ユリアンより五歳も年上の未亡人で、家格も低いツェツィーリエには、こんな暮らしが送れるだけで感謝しなければならない。
愛など望んではいけない。彼の邪魔にならないよう、大人しく息を潜めて生きるのだ。
これからもずっと……
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