エレベーター前

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潤んだ目は寒さのせいだ。わたしは泣いてなんかいない。だけどそんなことさえも、この人の前だとつよがりにすらならない。 世の中には愛する人と愛される人がいる。わたしは愛する人にしかなれないと思っていた。だけど、愛される人になりたい。いつだってないものねだりなわたしの願いは、決してひとつにはなれない。 例えば。 一人でいたいと言いながら、ほっとかれると寂しいし。優しくされたら優しくされたで素直になれず突き放す。 目の前の優しさに身を任せればきっともう苦しまなくてすむってわかっているのに、それでもまだ信じたくて縋りついていたいという惨めな想いを抱えていたりする。 楽になる方法は簡単でわかっているのに。ひとつになれないわたしとワタシ。 今だってほら。 目の前を行く少し猫背なこの人に手を伸ばせば、優しく握り返してくれるんだろうけど。 ひとつになれない。 男と女。 のめり込んだら損をする。 このドキドキも今だけだ。
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