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「どうぞ」
「そっちこそ」
「いやいや、どうぞ」
「だから、そっちが降りて」
鍵谷さんの前にもボタンが並んでいて、わたしと鍵谷さんは開ボタンを押しながらお互いに譲り合っていた。てゆーか、早く降りてってば。鍵谷さんに後ろを歩かれたら気になって挙動不審にしかならない。そんな自分の姿が容易に想像できる。
それでもわたしがエレベーターを降りないままでいると、
「さっき、本当は何考えてたの?」
「え?」
「最近、あいつと口利いてないよね」
あぁ、もう本当に。だから苦手なんだ、この人は。
鍵谷さんはまんまとわたしを黙らせることに成功した。
「とりあえず降りて」
なんでこの人はそういうことに気付くんだ。なんでこの人は、仮に他にも気付いてる人がいたとして、訊き辛いだろうことを平気で訊いてくるんだ。せめてオブラートに包んでよ。
「ケンカでもしてんの?」
わたしはこの人が苦手だ。この人の前だと、上手に嘘がつけない。
「…そんなの、わたしが訊きたいですよ」
涙声になるのを必死でこらえる。だけど、震えだす唇からは熱のこもった息しかできない。
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