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「ケンカしてるんじゃないのに、口利いてくれないって?」
わたしは首を振る。ボタンを押し続けていた指を外して、代わりに口を抑えた。
「じゃあ何?」
わたしは首を振る。鍵谷さんのため息が聞こえた。
「別に無理して言わなくてもいいけど」
同じフロアで仕事をしている彼、池本さんとは本当は11月の半ばから会話をしていない。朝と帰りの挨拶はもちろん、仕事の話さえできない状態が続いている。
だって怖いんだもの。話しかけて応えてもらえなかったらって考えると。彼にはそういうところがあるってわかっているから。だから。
「なんで…」
「わかるよ、見てれば」
納期前の忙しい時だった。わたしは彼の力になりたくて、少しでも役に立ちたくて何か手伝いたかった。でも、わたしも決して余裕があったわけじゃない。些細なすれ違いだったんだと思う。だけどきっと、わたしは何かを間違えたんだ。
「もう、わたしのこと、いらないのかも…」
口にしてしまえば不安が形となって浮かび上がる。だから口にしたくなかった。だけど、外へ出られない不満は胸の内側をどんどん黒く染めていく。
周りに気付かれないように、いつも通りを装っていたつもりなのに。
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