蔓を纏う

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 その山には神様が()むという。  かつては物怪(モノノケ)と恐れられ、木陰に覆われたこの暗緑の細道を誰も通りたがらなかったが、次第に子供が増えると食糧難やら出稼ぎに行きたいやら、山を越えて城下町にも出掛けようと言い出す者たちが現れた。  しかし山奥には人の生き血を(すす)る物怪がいるという、さてどうしたものか、生贄を捧げようという話になったのだった。  男はその暗緑色の山道を歩いていた。生贄のおかげで人々が通り、踏み固められた地面とは違って、誰も知らない山頂へと続く道である。  初夏の夜、風もなくゆったりと(ぬる)い空気に(まと)わりつかれて、しかし男の顔は冷たいほどに端麗だった。覆い被さる木々の隙間に見え隠れする月の光が、着流しの背中に(まだら)な模様を描く。  ふとそのやわらかな草履(ぞうり)の足音と衣擦(きぬず)れの音が止まった。いい満月だった。木々の開けた、山の高みに(やしろ)がそびえ立っている。それは社と呼ばれているだけで、実際には生贄を放り込んでおく牢なのだった。  まるで神社か寺のように上品な造りの縁側に上がる。満月はほどよい白さで生贄の影を障子に浮かび上がらせる。  障子がするりと開いた瞬間、麻縄で絞られた白装束、床に流れる黒い髪、たんと食わされて(ふと)った肉体、存外成長した顔の上でこちらを凝視する退屈そうな瞳。 「……兄さん、誰ね。おらを喰うんかい?」  嗜虐を(そそ)る容姿に似合わぬ、ふてぶてしい声で少女は問うた。
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