蔓を纏う

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 月光が障子の影をぼやけさせる(たつ)の刻、少女は髪も白装束も乱れさせたままちょこんと座した。縄を解こうと暴れたのか、手首が擦れて赤くなっている。 「逃げ出そうとしたのか?」  正面に座した男は微笑みながらそう訊いた。意外にも穏やかで深みのある声をしている。静けさを纏うこの男が果たして神様とやらなのか、少女は大きな目を細めて、ずいと身を寄せた。 「逃げ出そうとは思うとらん。きつう結びよって、痛いだけさ」 「ふむ。涙の跡を見せぬ生贄は久しぶりだ」 「兄さん、近ぇ近ぇ! 変態っつぁーれるべ」  かさついた頬を指先でなぞられて、色気の欠片(かけら)もないしかめ面で後ずさる。歳の頃、十五、六歳。例年、右も左も分からぬ子供が()られることが多いのだが、今年は出来の悪い娘の厄介払いにでも利用したのだろう。 「私が怖くないのか」  これから喰われるというのに堂々たる少女を眺め、男は笑った。(こずえ)のざわめきのように秘めやかな笑い。少女が頬を膨らませ、「まだ兄さんがおらを喰うとは決まっておらん」と強気に言い返す。 「おらはまだ若ぇし、喋り方もこんなん、まともに村の外出たこともない。おまけに男も知らんと来れば、もちろん死にとうない。死にとうないけど、死なんといけんから、兄さん、ひとつおらと取引せんか」 「取引?」  形のいい片眉がするりと上がる。神を相手に取引とは、面白いことを言い出すものだ。 「おらを喰わんで、逃がしてほしい。兄さんができんと言うたら、おらは諦めて大人しく死ぬ。けんど、まぁ、も少し生かしてくれんかな。うちン庭に咲いた椿が落ちるまででもさ」
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