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淡い光を受けて凛と煌めく少女の瞳を、男はしばらく見つめ返していた。
恐怖も悲観も感じられない。こんなにもおぞましい姿をした自分を、少女はひと目見るなり、人間と同じように『兄さん』と呼んだのだった。
「……季節外れの椿だな」
「春に落ちるはずだった。それも、去年の春にさ。もう一年ずっと咲いとる、弟が消えたあの日から」
少女は少し饒舌になった。歳の離れた、腹違いの弟がいた。自分が母ではないお妾さんの子だとまだ気づかぬうちに、生贄にしてしまおうと両親は考えた。父は城下町の大きな呉服屋で働いているのだ、と言いながら、苦いものでも噛んだように少女は舌を突き出した。
「母もお父も隠しとるつもりが、おらはあの子が消えたその夜に、庭の椿がいっとう紅くなったんに気づいた。あの子はきっと暴れたのさ、そいで生贄になるまでもなく殺されてしもた。あの下に埋まっとる。おらには分かる。だから母もお父もおらを今年の生贄に出したのさ」
口封じのため。よくある話だ。
去年はまだ四歳の白痴の子が来た。その前は右脚が欠けて産まれたばかりの赤ん坊。母が召使を虐めていると村の大人に告げ口をして、泣いて謝りながら母に引きずられて来た子供もいた。
「兄さんは、本当に生贄を喰うんか」
「……なぜそんなことを訊く」
「お紅の匂いがせん。兄さんは綺麗な緑さ。あの椿の方がまだ毒々しい」
男は思わず笑ってしまった。人間らしい笑い方をしたなと、自分でも思った。
首筋や、頬や、手の甲から芽生えた蔓が、男の全身を覆っている。白い肌に絡みつき、小さな葉をさわさわと揺らし、わずかに呼吸をしている。
濃い緑の血管が浮き出ているかのように、男の身体には蔓が生えている。
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