蔓を纏う

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 村が山崩れに()まれていくのを、椿は呆然と眺めていた。  山の斜面は物怪が爪で抉ったかのようにごっそりとこそげ落ち、土が露わになっていた。──どうして? 雨はしばらく降っていないし、地面の揺れも感じなかった。  倒れてきた大木、転がってきた大岩、そして勢いよく流れる土砂に押し潰されて、村から人の生気が消えた。 「山の神様の怒りさ」  椿と同じ(なま)りがほのかに感じられる口調で、翠がさらりと告げた。 「あんな社なんぞに赤子を放り込んで、夜まで生きていられるわけがないだろう。俺はただの人間だ。全員救えるわけでもない」  山の神様は翠ではないのだ。翠はただの人間の子供。捧げられた最初の生贄であり、社の完成を待たずして、村人の手によって魂を捧げられるはずだった。  森の神様が彼を救い、傷だらけの彼に蔓を宿した。 「……やっぱりそうかと思っとった」  自分を(ふところ)に抱き寄せた翠を見上げて、椿は呟いた。  同じ人間。美しい蔓を纏った、同じ悲しみを背負った人間。昨夜、騙されたと気づいてからずっと酷い奴だと思っていたのに、離れたくないような、責任を取れと言いたいような、不思議な想いが芽生えてしまった。 「この村を覆い尽くした大地の上には、いずれ植物が芽生え、人間の住める土地となるだろう。それまでは穏やかに暮らせる。それからは人々を見守って暮らせる」  弟の仇討ち──そう翠が囁いても、椿は決して頷かなかった。人間も捨てたもんじゃないなと、翠は椿の手をとり、口づけを落とす。  椿が頬を赤らめて、微笑む。 「そのときは、翠とふたりで山の神様になるんだ。翠に救われた命だもの」  手の甲にのこった口づけの跡から、双葉がつぷりと芽を出して、天に向かってしゅるりと伸びた。
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