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桜の咲く春が終わりを告げる頃、彼女は柔らかく微笑んだ。
「 ファルコン、私はそろそろ飛べるわ 」
「 そうなのか? 」
「 えぇ、やっと…準備が出来たから 」
ほんのつい最近まで、君は言葉足らずで、
会話のキャッチボールすら出来ない、小さな子供だったと言うのに…
あっという間に成長して、今では美しい女性なのだろうな…。
「 そうか、俺もそろそろ出来そうだ 」
「 おや、やっとなの? 」
「 嗚呼…ちょっと待ってな 」
あの約束の日から、毎日この檻にある施錠されてる鍵の根元を削っていた。
それによって少しずつだが壊れていく音が聞こえてきた為に、最後に力を入れればカシャンと音と共にそれは外れた。
ギィーと密かな金属音を響かせて開いた扉に、俺は数歩前に出た。
「 まだ、脚に残ってるよ? 」
「 嗚呼…そうだった、これは… 」
足首に繋がる枷に、同じ様に口で弄って外していく。
古びて錆び付いた金具は、最初に暴れた頃よりずっと簡単に外す事が出来た。
軽くなった脚を動かして、胸を張って大きく羽を広げれば、身体を通る風に心地いいと思う。
「 ファルコン!貴方、凄くキラキラして綺麗よ。やっぱり、貴方が言ってた怪我なんて、とっくに治ってるのよ! 」
「 そうなのか?まぁ…結構、じっとしていたからな 」
「 えぇ…私もやっと、飛ぶことができる… 」
見えない顔を動かして、自分の身体を見てみたが…
やっぱり綺麗になってるのか、イマイチ分からないな…。
「 嗚呼、俺もやっと檻から出る事ができた 」
「 そう?貴方ならいつでも出れたと思うけど… 」
「 そうかも知れないが…。君が背を押してくれなければ、出ようなんて思わなかったという事さ 」
「 フフッ…そう言ってくれてよかった。今日は私達の晴れ舞台の日よ。遠くまで飛んでいきましょう 」
「 嗚呼…ありがとうな、ポポ 」
「 んん、こちらこそ… 」
暗闇から救ってくれた君に、飛ぶ事で恩返しが出来るなら、俺はずっと動かさなかったこの両手で空を飛ぼう。
そして、願うなら君を抱きしめる事ぐらい許してくれるだろうか?
「 ファルコン様の晴れ舞台カァー! 」
「 おやおや、哀れで…無知なファルコン様。檻から出てしまったのですか 」
「 鴉共…今日は、飯はやらんぞ 」
聞こえてきた羽音と声に、また嫌味を良いに来たんだと察すれば、一羽の鴉は近付いてきた。
「 流石に、檻に入ってない貴方にちょっかいかけるほどバカじゃないですよ。それに今日は宴の日、そんな目隠し無くして差し上げます 」
「 これを取れるのか? 」
「 えぇ、取れますとも。貴方より器用なんでね 」
「 っ……どうせ俺は不器用だよ 」
散々、小馬鹿にしていた鴉がどんな心境の変化かは知らないが、檻に入る前に着けられたこの目隠しを外してくれるという。
「 ほらほら、頭を下げてくださいな 」
「 こう、か… 」
「 えぇ、そのままです…ん、しょ… 」
スルッと紐が外れるような音が後部で聞こえ、鴉は器用に頭から被せるように着けられていた目隠しを外した。
地面に落ちた音と共に、鴉は離れれば俺はゆっくりと閉じていた目を開こうとする。
「 ファルコン…大きな風が来るわ!行きましょ! 」
「 っ…あ、あぁ… 」
「 それではファルコン様。一時の空の旅をお楽しみください 」
「 嗚呼…ありがとう 」
眩しさに目を開けようとしても、光によって眉間にシワを寄せていれば、前から来る風の向きが密かに変わったのに気付いた。
けれど、それと同時にあの声が聞こえてきた。
「 なっ、出たのか!? 」
「 ご主人…… 」
「 ファルコン、今よ!! 」
「 ファルコンダメだ!!! 」
ご主人、すまない…
俺は少しだけでいい、ポポと一緒に空を飛んでみたいんだ
吹き抜ける大きな風と共に羽を広げて、羽ばたけば眩しい光の横で、まるで妖精のように真っ白な少女が飛んでいくのが見えた。
「 ポポ……? 」
「 やっと、飛べたわ!ねっ、ファルk……!!? 」
白い柔らかみのあるドレスに、日傘のような傘をさした君…
あぁ…薄々気づいていたけれど、君は鳥では無かったのだな。
それでも、想像通りに可憐で美しい少女だった。
「 ……!! 」
「 君は片羽なんだ!!! 」
にやりと笑ったカラス達…。
焦って手を伸ばす、ご主人と呼んでいたニンゲン。
そして、落下していく俺を驚いた顔で見る彼女は、徐々に青褪めて目を見開く。
止めてくれ、折角…一緒に飛べたのに…
そんな顔をしないでくれ……
「 なっ!!?デカい鳥が落ちてきた!!? 」
「 た、タカァァア!? 」
地面に叩きつけられた瞬間、全身の骨という骨が砕けたような生々しい音が脳裏に響いた。
そうだった……
俺は、左羽が無かったんだ……。
「 いやぁぁあ!!ファルコン!?ファルコン…だめよ!! 」
天使が…降りてくる……
そう思うぐらいに、綺麗な彼女が俺の前に来れば小さな手を伸ばして、頭に触れてきた。
「 いっしょ、に…とべたな…… 」
「 こんなの、飛べたとは言わないわ!っ…私、なんて、ことを……知らなかったの…貴方が…片羽しか…無かったなんて… 」
「 いいんだ…ポポ……おれも、わすれていた、から… 」
ずっと羽を閉じたまま身を縮めて生きてきた
羽を広げる感覚すら忘れて、どっちに羽があって…なんてそんなの考える程に頭が回らなかった。
「 馬鹿な…ファルコン様 」
「 宴カァー!! 」
天使が舞い降りた後に、黒い悪魔のような鴉達は其々に、電柱に止まって行く。
あぁ…宴って…
君等の前にご馳走が現れるってことな…。
「 ごほ……きれい、に…くって、くれよ… 」
「 カァー!もちろん! 」
「 森の王者だったファルコン様…ホント、哀れですねぇ 」
「 ……そんな、ことないさ…俺は…まんぞくしてる 」
「 ファルコン…だめよ、だめ……死んでは、だめよ…一緒に、空を飛ぶって言ったのに… 」
僅か1秒でも、君が夢に見た空へ飛べたなら俺は十分だったと思う…。
「 なか…ない、で…くれ……わらって、くれ…ぽぽ… 」
「 っ……!! 」
綺麗な君を汚したくは無かったけれど、最後に触れたくてその小さな身体にそっと手を伸ばせば、彼女は自ら血だらけの手を取って握りしめた。
「 ずっと…一緒にいる…ファルコン…貴方の傍にいるから… 」
「 だめ、じゃないか……とお、くに…いって… 」
君は新しい土地でまた子供に戻って成長しなくてはいけないのに…
俺の傍に居たら、こんな土のないアスファルトの上で生活する事になる。
太陽からも遠退いて…影が多いここは、君には似合わないのに…喋ることすら出来なくなった。
薄っすらと目を開いて、空を見上げれば涙で濡れた琥珀色の美しい瞳は、赤く染まった俺を映す。
嗚呼…君には、俺はこうやって見えていたんだな…
少しは…まともな顔をしていただろうか…。
「 ファルコン…だめ…まだ、貴方に…伝えてない言葉があるのに……っ…… 」
「( ……俺は、君を…… )」
君と過ごしたこの3ヶ月、俺の生きてきた中で一番輝かしい日々だった。
毎日のように話しかけて、笑いかけて、色んなことを聞いてきた君の声が、存在が俺にとって全てだった…
「 あい、して…る…よ……たん、ぽぽ… 」
「 っ!!えぇ…私もよ…ファルコン、貴方を愛してる…… 」
君は最後に笑ってくれただろうか…
もう、暗くてなにも見えないし聴こえないけれど…
辛くはなかった…
君が傍にいてくれるから……
「 宴だ… 」
「 ご馳走だ…… 」
「「 イタダキマス 」」
……………
…………………
死ぬ前に、走馬灯を見るって聞いたことあるが…
俺は…忘れていた記憶を思い出した…。
「 ファルコン様! 」
「 五月蝿い鴉だな。分かっている…ニンゲンが来たのだろ? 」
「 はい!森の者達を捕まえに!逃げましょう!! 」
街の外れにある大きな森の中
俺は烏達と一緒に暮らしていた。
大きな身体であり力もあった為に、その森を守り、小さき物を助ける゙ 森の王者 ゙としての立場であった。
だが、鳥を捕まえにやって来たニンゲン達を追い払う為に、俺は他の連中を逃がした後に一羽で向かったんだ。
゙ 去れ!!!此処は俺の縄張りだ!! ゙
「 うわぁっ!?クマタカだ!! 」
「 デカい鳥が居空いてるって噂だったが…まさか、殺すなよ!! 」
殺すな…だが、その言葉には続きがあった
「 捕らえろ!! 」
俺は、気付いた時には左羽を撃ち抜かれていた。
痛みより飛べなくなった事にバランスを崩して、そのまま地面に落下すれば頭を強く打ち付けて、意識を失った。
次に目を覚ましたのは、あのご主人と呼んでいたニンゲンが現れた時だ。
゙ なっ!?いっ…! ゙
「 こら、動くな。御前は大怪我してるんだ 」
「 こりゃだめだ…左羽を切除しなきゃ、痛みで死ぬぞ 」
「 そんな…… 」
手術と言うものが行われ、ご主人は日本野鳥の会というものに所属してるニンゲンだったらしく、捕まえられそうになっていた俺や他の鳥類達を助けて、治療したらしい
だが、この時に打たれた麻酔によってそれ前の記憶が無くなったんだ…
「 暴れたらいけないから、目隠ししとこう。これで落ち着くだろうから 」
気づいたら暗闇の中にいて、暴れて、自ら身体を傷付けていた
嗚呼…ずっと、貴方は俺を守る為にあの場所で飼っていたんだな
でも、やっぱり…俺は元々野鳥。
ポポと共に、空を望みたくなるものさ…。
「 可愛いね、こんな場所にたんぽぽが咲いてる。水やりしようか 」
「( んー、美味しい! )」
「( ポポ…良かったな )」
知っていた…ポポが、たんぽぽって呼ばれている花だってことも。
ネズミを食べないことも…。
だが、君はそれに関して問いかけてこなかったから、俺も答えなかった。
君が鳥である俺を愛してくれるなら、俺も君を愛したかった…いや、君以上に愛していた。
思い出した時には…
全ての真実を闇の中へと消す事になったけれど…
それでも、幸せだった……
君という、一輪の花に出会えたことが……。
「 自動操縦に切り替えます 」
「 確認しました 」
幾年の年月が経過し…
ある男は、大型ジェット機の機長になっていた。
「 …このまま無事に、オーストラリアまで行ってほしいものだ 」
「 縁起でもない事言わないでくださいよ…俺は嫌ですよ、これが最後のフライトなんて 」
「 ふっ、そうだな… 」
隣に座っていた新米の青年は、少し眉を寄せるも本人は密かに笑って空を眺めていれば、背後から女性がやってきた
「 ファル機長、コーヒー入りますか? 」
「 嗚呼、貰おう。ありがとう 」
「 いえいえ 」
「 あれ?俺のは? 」
一人分だけを受け取った機長は、彼の分が無いことにクスリと笑うも、彼はハッとして告げる。
「 機長とキャビアアテンダントの恋愛ってよくあるけど…2人ほど、熱烈なのはあまり無いですよねぇ〜。態々、フライトを同じ場所にしてるなんて 」
「 フッ…一緒に飛びたいから…って、言われちゃ〜な? 」
「 もう、私のせいですか?貴方が、共に飛びたいって告白したんじゃないですか 」
「 なんのことだか… 」
「 ハイハイ、そういうのは陸でやってください。此方A-3368便。異常無し 」
゙ A-3368便。了解いたしました ゙
司令室から聞こえた言葉にコーヒーを呑んでいた機長は、視線を空へと向ければ彼女もまた、彼の背凭れに触れその光景を見る。
「 進歩したよな…ほぼ自動操縦でいいなんて 」
「 一昔前は墜落事故とかありましたもんねぇ。自動操縦様々です 」
「 そうだな…。まるで、大きな翼を得たようだ 」
「 まぁ、飛行機なんで翼はありますけどね…。機長、たまに変なこと言いますよね? 」
「 彼は昔からよ。ちょっと変なのよ 」
「 ……うるさい 」
「 ははっ、知ってますけどねー 」
青空が広がる雲の上、彼はそっと背凭れに触れる彼女の手を取れば、彼女は緩く微笑んでからコーヒーカップを受け取り背を向け歩き去った
「 やっぱり…いちゃつくのは陸か 」
「 もう少し危機感持ってくださいよ…あと50過ぎていちゃつくとか…新婚気分のまま過ぎるでしょ… 」
「 いいじゃないか、俺達はきっと前世からの恋人同士で… 」
「 ハイハイ……( ラブラブうらやましいっす…… )」
真顔で惚気る機長に、聞き飽きてる青年はその横顔を見ては、密かに口角を上げ視線を前へと戻した
アスファルトに咲くタンポポを…
人は踏むことなく、その姿を過ぎ行く中で見ていた。
「 愛しき者の血肉で花を咲かすタンポポ…あぁ、なんて…美しい… 」
「「 カァー、カァー!! 」」
〜 完 〜
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