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お弁当箱を空にしたカオルが蓋を閉めた。
「そういえば知ってる? 緑地公園の敷地内にある沼の話。けっこう奥の方にあるらしいんだけど」
お弁当箱を巾着袋に入れたノゾミが横に首を振る。カオルが椿を見てくるので、パックの緑茶を飲みながら首を横に振った。
カオルが前かがみになり、椿とノゾミに手招きをする。内緒話をするから近くに寄れ、ということらしい。
椿は飲み終えたジュースのパックと玉子サンドを包んでいたビニールを袋に入れ、カオルに顔を寄せた。ノゾミも膝に手をついて前かがみになった。垂れ下がってくる横の髪を耳に掛けようとしたものの、眼鏡が邪魔になり耳に上手くかからなかったようだ。
カオルが顔を上げて、話が聞こえる位置に誰もいないことを確かめるかのように周りを見回した。顔を近づけているので、カオルのおさげ髪の先が顔にあたる。椿が眉間にしわを寄せると、顔を戻した彼女が申し訳なさそうに片手を顔の前で立てた。
カオルは話に箔をつけたいのか、少し息を吸った。
「その沼に行くには深い森を通らないといけないから、なかなか近寄る人はいないらしいんだけど、そこへ行った人は決まって人格が変わるんだって。おとなしかった人がお笑い芸人かっていうほど面白くなったり、逆に陽キャ軍団にいた人が図書館で一人静かに過ごすようになったり。たまに精神が壊れる人もいるそうだけど、それはかなり稀みたい」
椿はノゾミと顔を合わせる。たいてい人の話は耳から耳へ素通りする椿だけれど、この話はしっかり耳に入ってきた。
カオルの母親が近所で聞いてきた噂らしい。出所は不明で、人格が変わったという人も、近所の人の友人の知り合いの会社の同僚の息子の友人という、どこの誰のことだかわからない始末だ。
ノゾミが体を起こして、机に肘をついた。
「行ってみようかな~。そしたらキャラ変わって一軍に入れるかな」
鼻のあたりで眼鏡を持ち上げ、ノゾミはひと際響く声のするほうへ目をやった。椿がその視線の先を見ると、セーラー服のスカートがやたらと短く、薄化粧をほどこしていそうな女子たちがいた。
カオルは、切りそろえられたノゾミの黒い前髪を撫でる。
「理想通りにキャラが変わる保障があるんならいいけどね。私も興味はあるけど、なんかよくわからない噂だからね。おもしろい話だからしゃべったけど」
椿が盛り上がる2人を見つめていると、体勢を変えたカオルが机で頬杖をついて椿を見てきた。
「椿。興味ないか」
椿は、行ってみたい、そう思ったものの、表に出た態度は首をかしげることだった。その様子を見ていたカオルがため息をついた。
「声出して返事しないとか、ホント、椿って何考えてるかわかんないよね」
ノゾミがカオルと視線を合わす。
「ホントそう。どんな話を振っても乗ってこないし、気持ちも考えも言わないって気味悪いよ」
2人から向けられる、呆れたような視線に椿は慣れていた。
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