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 6限目の授業を聞きながら、椿はカオルから聞いた不思議な沼のことを考えていた。  スカートのポケットに入れた携帯電話が振動した。 教師に目を向けると、黒板に向かっていてこちらには背を向けていた。  椿はポケットに手を入れ、携帯電話を取り出す。画面には母、志保からのメッセージが表示されていた。 ―残業するから、帰るの遅くなる。母さんは会社で食べるから、椿は自分の分、適当に食べて。あ、誰かに取り入って食べさせてもらうんじゃないよ。それから、洗濯物と食洗器の中の食器は片付けといてね―  片付けは言われなくても毎日やっている。なのに、必ず志保は毎日言ってくる。何なのだろう。すごく押さえつけられている気分になる。 「誰かに取り入るな」も、志保の口癖だ。たぶん、人懐っこい夫が浮気して離婚する原因を作ったからだろうと、椿は想像していた。  志保曰く、椿は浮気した夫に似て人懐っこいらしい。それが気に食わないようで、人懐っこい性格に対して、逐一文句を言ってくるようになった。  そのせいか、両親が離婚した小学校5年のころから、椿の人懐っこさは影をひそめるようになっていた。いや、それだけではなく、人と会話することが格段に減った。 ―わかった。適当にするー  返信を打ち終えて、携帯電話をポケットに入れたところで、教師が黒板から目を離して生徒たちの方へ顔を向けた。  授業の終わりを告げるチャイムが聞こえた。気づくと、6限目の教科担当である担任の教師がホームルームを始めていた。特に用事はなかったらしく、簡単な連絡事項だけを伝えて、担任教師は教室を出ていった。  椿は席でスクールバッグにノートや教科書、文房具を片付け、それをリュックサックのように担ぐ。  廊下側の前から2番目に座るノゾミの席へ行き、話をしていると、カオルが教室のドアを出ようとしていた。何かに気づいたように振り返ってくる。 「ごめん、今日、マンガの発売日なんだ。早く買いたいから先に帰るね」  少女漫画大好きなカオルらしい理由だ。椿はカオルに手を振って、ノゾミに視線を戻すと、こちらも椿に手を振り、一人で教室を出ていく。図書委員の彼女は放課後の貸し出し当番のため、図書室に向かって行った。
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