浮ついた気持ち

1/6
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 家に帰ると、玄関には彼女の誕生日にプレゼントした黒のパンプスと、見たことのないスタン・スミスの白いスニーカーが並べて置かれていた。スニーカーの横幅は異様なまでに広がり、表面には皺が伸び始めていて所々に黒いシミがある。擦り減った中敷きからは、汗臭いにおいが漂って来る気がした。  僕は反射的に音を消して玄関に入り、足音を殺してリビングに向かった。リビングのドアノブを最後まで下に倒してから、中の様子を覗き見てみる。    すると、中では二人の男女がセックスをしていた。女の熱のこもった吐息の間に挟まれる聞いたこともない名前と、でかい男の背中と、その男の両脇から生えるように覗かせる女の白い脹脛とピンと張ったつま先。それが僕の目と耳から得られる情報の全てで、その光景は僕の彼女が浮気をしている現場に他ならなかった。  僕はゆっくりとリビングのドアを閉めて、一度小さく息を吐く。眩暈のようなものが襲ってきて足元がおぼつかなくなったが、僕は懸命にそれを堪えた。今は弱っている場合ではないのだ。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!