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「あるいはそうだったかもしれない」
「あなたの話し方ってなんか特徴的ね。『あるいはそうだったかもしれない』」
絞り出したように僕が言うと、女はからかうように僕の真似をした。
「そんなこと君に初めて言われたよ」
「なんていうんだろう。話し方に抑揚がないっていうか、感情の変化が感じられないの。それって、わざとやっているの?」
「いや、考えたこともなかったな。わざとやっているつもりはないよ」
「ふうん。まあいいけど」と女は興味をなくしたように言った。「それよりさっきの話に戻るけどさ、あなた彼女さんの嘘とかサインに気づいていたって言ったよね。それなのに、浮気しているような傾向はないと感じていた。それってちょっと矛盾してるって思わない?」
「僕がさっき頭に浮かんでた嘘やサインは、それほど複雑な感情が絡んでいないものだったんだよ。些細な嘘だし、単純なサインだった。僕が思いつけたのはその程度のものなんだ」僕はベットの脇に置いてある間接照明の光をぼんやりと見ながら言った。「それに、彼女は本当に言いたいことはきっぱりという人だったんだよ。彼女のそういうところを僕は尊敬していたし、とても魅力的だと思っていたんだ。だからそんな彼女が、他の男に抱かれに行く許可を求めるサインを出していたなんて、正直イメージが湧かないな」
女は僕が言ったことを時間をかけて頭の中で咀嚼しているように見えた。
「それがあなたの言い分ってわけ?」
「そういう言い方もできる」
一分くらいの沈黙を挟んだ後、女はようやく口を開いた。そこには、悲しみや寂しさを含んだような色合いがあった。
「あなたって、生き方が上手なんだね。とても私には真似できないよ」
「それってつまりどういう――」
僕は女が言った事の意味について尋ねようとした時、それを制するように女は僕に口づけをした。
「気にしないでいい。ただの皮肉だからさ」
そう言ってから、女はもう一度吸い付くようにキスをしてくる。僕は女の言葉を深く追求する間もなく、色欲の波にのまれていった。
それから僕たちはもう一度セックスをした後、嵐の夜を乗り越えるヤギとオオカミのように身を寄せ合って眠った。当たり前のことだけど、そこには生の人間の温かみと、高揚していた気分を落ち着かせてくれるような女性特有の匂いがあった。
僕はこの女ともう少し会話をしていたいという衝動に駆られていたが、また明日にでもすればいいと思いそのまま眠りについた。
しかし、朝起きた時にはもう女の姿はなかった。
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