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僕は、口を開けながら大きく拍手をする。
一色さんがボールから降りて、頭を下げた。
「すごい!」
「全然・・・。パパとママの方がすごいよ」
「そんなことないよ。君の方が、すごい!」
「パパとママ知らないのに?」
「うん、絶対、君の方がすごいよ!」
僕は繰り返す。
変なの、と言って一色さんがまた顔を逸らし笑った。
また笑った。でも、やっぱりこっちを向いてくれない。
それでも、確かにその日は僕にとって最高の一日だった。
これから、一色さんと仲良くなれる。
そんな事を考えると楽しくて仕方が無かった。
だけど、彼女はそれから数日後、学校に来なくなる。
「何でも、サーカスの家族って引越が多いらしい。だから、どうせまたすぐに学校の皆と別れないといけないって思ったから、一色さんも冷たい態度を取っていたのかもな」
洋一郎は寂しそうにそう言う。
演技では無かった。
僕は孤独で耐える一色さんを想像する。
悲しそうな表情。
そんなのは、嫌だ。
「実はな、最初一色さんが体育館に来た次の日、話しかけられたんだよ」
「え、なんて?」
「何であんなことをしているのかって。俺は全部言った。君のためにやってるって。運動嫌いのお前が、ひたすら努力している理由を」
こいつは、本当に余計なことを。
「そしたら彼女、笑ってたよ。馬鹿みたいって。たのしそうに」
「ちょっと待って。じゃあお前が先に笑顔を見たってこと?」
「ああ、可愛かったな」
僕は洋一郎の頭を叩く。痛い、と頭を抑え、でもなと続けた。
「きっと、お前に笑顔を見せるのは恥ずかしいのさ」
何を言ってるのか。
「お前、このままでいいの?」
よくない。でも、どうしたら。
「ほら」
洋一郎が1枚の紙を渡してくる。
そこには、日時と場所が書いてあった。
「それ、引っ越し日。馬場ちゃんが教えてくれた」
それを見て、僕は笑う。個人情報なのに。
「馬場ちゃんって、本当教師失格だよな」
あぁ、と洋一郎も笑った。
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