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芽衣は型通りの自己紹介をした。所長以外の三人があまりに真剣に訊くので、芽衣は話しているうちに恥ずかしくなって俯いてしまった。
「小学生みたいだな。なんだか、転校生で富永さんみたいな女の子がいたな」
早速、谷原幸司が茶々を入れる。
「谷原くん、富永さんに失礼でしょう。ほら、さっきまで順調に自己紹介してたのに。止まっちゃったじゃない」
祐美が唇を尖らす。
「やれやれ、元ホストが聞いて呆れるぞ。少しは忖度したまえ」
桑原が先輩らしく窘める。
「みんなあ、やだなあ。真剣になって。富永さん、話しの腰を折ってごめんね。あ、気にせず続けて」
芽衣はどこまで話したかわからなくなった。ただ、皆の前で話をすることは懐かしい。証券会社員時代、朝礼で一人ひとり、その日にやるべきことや、目標を立てて、どのように目標を達成するかを、かいつまんで話す。また、人に話すことで、自分にその責務を課すには効果的な方法だった。
だから、この感覚は久しく忘れていた。
「そう言えば、会社を辞めたのって上司との不倫が原因だそうだね」
桑原が回転椅子をターンして訊いた。
「おいおい、桑原さん、そっちこそ忖度したらどうですか?」
「いや、ここは忖度しなくていい。傷をさらけ出すことは恥ずかしいことではない。むしろ、膿を出した方がいい」
いつの間にか所長がドアの脇に腕を組んで、寄りかかっていた。皆の視線が所長に注がれる。所長が姿を現しただけで、場の空気が変わる。
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