エピソード1

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 母親に酷い仕打ちを受けた芽衣は、座り込んだまま、母親を睨みつけた。確かに悪いことをしたのは、芽衣なのだから、母親に悪感情を抱くのはお門違いだ。だが、母親だって冷静に考えれば、悪いことをしている。不倫という大罪だ。 「やっぱり、あんたは物事の分別ができていないね。ああ、もっといい子だと思ってたけど。残念だわ」  母親はそう吐き捨てた。  それは、こっちの台詞だ。不倫をしている人間の方が物事の分別ができていない。その当人が堂々と言うなんて、とんだお笑い種だ。  その私が母親と同じことをした。  不倫は芽衣が入社して二年目にして始まった。きっかけは些細なことだった。  証券会社の一般職として採用された芽衣は、そこの上司である課長とすぐに打ち解けた。  課長は四十代の男性で、趣味は多く、夏はマリンスポーツを楽しみ、冬は釣りを楽しむアクティブな面があった。やや内向的な芽衣にとって、課長は新鮮に見えた。惹かれていく自分を押しとどめることはできなかった。  課長には奥さんがいた。子どもいた。女の子だった。課長は奥さんとは別居状態で女の子も奥さんが預かっていた。離婚の話し合いは芽衣と交際するようになってから、頻度が増えたらしい。芽衣が課長の気持ちを揺らしたことは確かだ。  彼はほとぼりが冷めたら、妻とは別れると言った。でも彼にはそんな意図は始めからなかったのは、後で知ることになった。  芽衣は夢中になっていた。  芽衣には社内で気軽に話しかけてくる同期はいなかった。たまに嫌われているのかなと思うこともしばしばだった。だから、会社に入っても友人と呼べる同期ができるとは思ってなかった。  昼食はいつも一人だった。  彼はそんな私を哀れに思ったのか、ある時、ベンチに座って弁当を広げているところを見つけられ、隣、いいかな?と訊いてきた。  もちろん、上司なので、断れることもなく、スペースを譲った。
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