エピソード1

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 うららかな昼下がりだった。会社近くの公園のベンチは付近の会社の人たちが、昼の食事や、一服のために利用する。緑の多いこの場所は都会のオアシスだった。 「富永くんはいつも一人なのか?」  彼はコンビニ弁当だった。結婚はしていないのだろうか? 「はい。一人の方が落ち着くので」 「僕にはそうは思えないな。同期はみな楽しそうに集まっているよ。僕は君の上司だから職場の環境も一人一人に快適なものに改善していく責務があるんだ。何か不満があったら、遠慮なく言っていいんだよ」  周りから気遣いができる上司として評判だった。だから、自分の点数を上げるために心にもないことを言っている。芽衣はそう思った。  彼は割りばしで卵焼きをつまむと、芽衣の弁当にそれを入れた。  芽衣は信じられない面持ちで彼を一瞥した。彼は形のよい唇を曲げて微笑んだ。  それから彼と芽衣の関係は上司と部下のそれとは一線を画し、社外でも会うようになった。  仕事とプライベートの垣根がなくなった二人は事実上、不倫の関係となった。  妻子がいることは話されて知った。だが、妻子がいようがいまいが、好きになってしまった。まったく厄介な感情である。  母親が不倫に走ったのが、ようやくわかった。母親も今の芽衣と同じ気持ちだったのかと思うと、母親に対する恨みが減っていく。肉体関係になることも自然だった。四十代の男盛りである彼はまるで、エネルギーを持て余したかのように、芽衣にぶつけてきた。自慢ではなかったが、芽衣は経験らしい経験がこのとき、初めてだった。
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