エピソード1

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 芽衣の知っている異性は父親以外、いない。彼と父親を比較して彼は、男としての器量が父親よりもあることを知った。  冬は彼の四駆に乗って釣りに出かけた。夏はマリンスポーツをした。一年中、活動的な彼はいつ、休んでいるのかと思うくらい、芽衣のために尽くした。 「奥さんと別れてほしいの」  会社の屋上で、芽衣は思いの丈をぶつけた。彼は芽衣に何度も妻とは別れるかもしれないと、お題目のように唱えていたが、彼がいつまで経っても行動を起こさないので、気の長い芽衣も業を煮やした。  ふいに彼は芽衣の肩を抱き寄せ、強く抱きしめた。まるで答えをはぐらかす行動に、芽衣は怒り心頭に発したくなった。抱きすくめられているうちに、怒りが消えてしまう。いつも、そうやって彼にやり過ごされてしまう芽衣は、自分が歯がゆかった。  その時、芽衣は誰かの視線を感じた。そして、風に紛れて、カシャリと音がした。彼に抱かれながら周囲に目を走らせるが、ここには二人以外、誰もいないはずだ。 それから間もなく、芽衣と彼が密会している写真が出回った。屋上で互いに抱き合っている写真もその中に含まれていた。  あろうことか、会社中に写真がばら撒かれた。芽衣はすぐに部長クラスの役員に呼び出された。覚悟はしていた。一般職など使い捨ての部署だから、芽衣を閑職に追いやるか、馘首するくらい、会社にとっては痛くも痒くもなかった。
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