エピソード1

8/8
前へ
/80ページ
次へ
 芽衣も今の仕事に未練はなかった。辞めろと言われれば辞めても構わない。ただ、彼と会えなくなることは心残りだった。  結局、芽衣には閑職に回れという処分が下った。事実上の島流し。もちろん、彼は直属の上司ではなくなるので、彼と社内で顔を合わせることは二度とない。  しかし、芽衣にはもっとショックなことが起きたのだ。実は芽衣と彼との密会の写真を撮った人間は同期の桜井香子で、彼の妻が雇った探偵に大金をつかまされて協力を要請されたというのだ。  少なからず、同期の中でも桜井香子はある程度、信頼が置けたし、入社早々、芽衣に話しかけてきた一人であった。  そして、彼の別居中の妻は探偵を雇って二人の不貞を暴いた。それについて、彼に問いただすと、彼は驚くべきことを言った。  妻とは別れる気はない。実は最近、妻に赤ちゃんができた。それで僕らの仲は修復されそうだと。  崖の下に真っ逆さまに落ちて行く心境だった。彼が必ず別れるという言葉を信じていた芽衣は、完全に彼に裏切られた。そればかりではなく、彼の妻は別居中だったにしても、本心では彼への愛は冷めてなかった。貧乏くじを引いたのは私だけ...。  赤ちゃんができたなんて。彼は芽衣だけではなく、妻も抱いていた。そして、自身の遺伝子を受け継ぐ能力を有している女を最終的に選んだ。  そこから気が付けば、芽衣は辞表を提出し、あの雨の中、駅のホームに立ち、自ら走ってくる電車に飛び込もうとしたのだ。自暴自棄による自死を選ぼうとした愚かな女を救ってくれたのは赤塚秀郎という男だった。
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!

68人が本棚に入れています
本棚に追加