エピソード2

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エピソード2

 芽衣が新たに再出発を誓った所は有楽町にある、古びたビルの一室だった。  看板には、赤塚不倫専門探事務所と木彫りで記されていた。  命を救われたあの日から一週間が過ぎようとしていた。まるで雨に打たれた捨て猫のようになった芽衣は新たな飼い主を得た。  飼い主という表現は些か、赤塚所長には失礼かもしれない。だけど、芽衣のその後の人生も大きく変えることになった。  探偵という実際の職業を知ったのもその時が初めてだった。探偵というと、明智小五郎や金田一耕助のような、殺人事件が発生して、その事件を鮮やかに解決する、そんな格好いいものではない。車の中に身を潜ませ、不貞の証拠写真を撮るチャンスを窺う、地味な仕事だ。この仕事には忍耐力や人間への興味、観察力が必要だが、何より、探偵が好きだという気持ちが大切だと、赤塚は言った。  数年、証券会社の一般職にいた芽衣には、探偵に適正があるかどうかはわからなかった。芽衣は赤塚への恩義もあったが、何より赤塚の人間性や仕事への情熱にほだされて、事務所に入ったと言ってもよかった。  最初は部屋の掃除やコピー取りなどの雑用に回された。探偵のイロハも分からないド新人なのだから、この処遇は頷ける。  事務所には所長の他に三人の職員が在籍していた。一人はやたら電子機器に詳しい桑原正人。髭面でちょっと小太り。だけど、身だしなみはきっちりしていた。  二人目は若い好青年の谷原幸司。大学院を卒業して、やりたい仕事がなかったので、新宿でホストをしていた時に所長の目に留まり、ここに引き抜かれた。甘いマスクに高身長の彼が探偵をやっているなんて、誰も予想できない。  三人目は唯一の華である早乙女祐美。離婚歴があるシングルマザー。カメラの技術はお手のもので、何より人間観察に長けていた。  以上が事務所のメンバーで、個性派揃いだが、芽衣だけは没個性を絵に描いたような感じで浮いていた。
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