真夜中の電話

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家を出た母親は隣町の小さなアパートを借りていた。 小さな流し台のある三畳一間でトイレと風呂は共同だった。 突然何も告げずに家を出たので私は離婚する覚悟だと思っていた。 母親と妹が家を出てからのしばらくの間は静かだった。 でも、一週間が過ぎた頃から毎晩深夜に電話が鳴り続けた。 それは、母親からだった。 「親父出せ!おるやろが!!!」 その電話は父親が電話を切る度に嫌がらせのように、何度も何度も朝まで続いたのだ。 まだ、携帯電話など持つこともできず、アパートにも電話を引くこともできなかったので、アパートの近くの公衆電話からだった。 どれだけの10円玉を用意して、公衆電話へと向かったのだろうか。 自分から家を出たのに、迎えにも来ない父親が腹立たしくて仕方なかったのだろう。 そんな母親の気持ちなど理解することすらせず、父親は電話の線を抜いた。 私は眠りに就きながらも、母親の怒り狂う姿が想像できた。 それは、繋がらないのに何度も何度も10円玉を入れては怒鳴る姿だった。 この怒りの感情さえなければ、簡単に許すことができれば、もしくは簡単に諦めることができれば、もっと楽に生きることができただろう。
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