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そもそも天ヶ瀬麻希は僕と違い──普通なのだ。
結婚に明るい希望を見出す。
婚約者に裏切られて哀しくて泣く。
見返して頑張ると言う。
「別にそれは変わった事じゃない」
しかし、その後だ。
僕の提案を素直に聞き入れ、御しやすく操りやすい人間だと思っていた。
間宮莉子のように同じ轍を踏まないようにと、距離感を保ちながら、少しばかりの歩み寄りを見せたらそれで十分。
実際、天ヶ瀬さんは僕の事を信用して行った。
それで、僕の計画も問題なく達成出来ると思った。
カラオケ店で話しを聞いたのも、正直に言うと打算だ。別にやり取りなんて通話やメッセージで充分。
天ヶ瀬さんが間宮莉子みたいにならないようにと、信頼を更に高める布石と言ったら言い過ぎにはなるが。
「心のそこから心配をした訳じゃない……」
口から出た言葉がなんとも不味く。
紛らわすように、ごろりと横に体制を変えるが居心地が悪いというか。
そのまま、ごろごろと転がってしまいたくなる。
「普通。それってある意味──純粋なんだろう。正直だとか、ありのまま受けいれるとか。でも、僕はそこに付け込んだ。それは……」
卑怯。
そう思った。
そこに仁義などありはしない。
弱った人に付け入る。
「ほんと、ヤクザな僕にはぴったりだな」
苦笑すら出来なかった。
ひんやりとした空気は心地よいものから、肌寒いものに変化していた。
髪から滴り落ち、首筋を伝う雫も冷たい。
組長なんかになりたくなくて、行動しているのにやっていることは他人を、天ヶ瀬さんを利用すること。
天ヶ瀬さんが普通であればあるほどに、自分の行いが間違いだと思えて仕方なかった。
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