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1.近江屋
ぐつぐつと煮える音。鼻腔をくすぐるだしの香り。やはり、鍋はこれに限る。今日のような底冷えのする夜は特に、だ。早く食べたいのはやまやまだが、まだ軍鶏に火が通り切っていない。
坂本龍馬は、そわそわと箸で鍋の中をかき混ぜながら、手持ち無沙汰になっているもう片方の手で杯を取った。
「龍馬、風邪引いとるんじゃき、酒はほどほどにせんと」
「わかっとらんのう、慎太郎は。こうして体を温めるのが、風邪にはええがじゃき」
中岡慎太郎の心配そうな顔をよそに、坂本は杯をぐいと傾け中身を飲み干した。中岡もやれやれといった様子で杯に口をつけた。
「で、どうするき。陸援隊の方はいつでも動けゆう。討幕のお達しが出れば、すぐにでも」
「じゃから、武力は最後の手段じゃ。せっかく大政奉還で幕府の力を削いだんじゃき。ここで武力に物言わせち、意味がなかろう」
しかしのう、と中岡は顔をしかめた。
「確かに大政奉還は成ったけんど今目に見えて何かが変わりゆうこともなか。このままじゃあ、見た目はともかく中身は幕府と変わらんき」
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