7月11日

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7月11日

そりゃこいつ、恋人できないよな。 だから私、彼と別れたんだ。 複雑な感情を呑み込むように、ラーメン鉢を持ち上げてスープを飲み干した。わかりやすく、にんにくのパンチが殴りかかってくる。 「さっすが」 「なにが」 テーブルの箱ティッシュから1枚を頂戴して、口元を拭った。一緒に落ちてきたピンクが、虚しい。 「がっつり食べてるの見ると、すっきりすんのよ」 「アホらし」 ほんとうに。 一緒に好きなものを食べたいから、恋人とは味覚が似ている方がいい。 これはわかる。この店のにんにくマシマシラーメンは、男女問わずに好き嫌いがある。デートコースにも、向いていないかもしれない。 1人で店に入れるような度胸のある子も、いいと思う。 誰がどこで何を食べようが、自由ですからね。来てるの?って訊かれたら、来てますくらい言いますよ。 でも、1人で来てますアピールする子はムリ。 はあっ!?どういうこと?逆に媚びてるよねって、陰口か。女子か。いますけどね、たまには。サバサバしてますよっていうアピールしたがる人も。でも、どこからがアピールになるんですかね。え?? 腹を立てながらも元カレと友人関係を続けているのは、恋人であるより前から友人であったからだ。男のエゴ丸出しのワガママな物言いも、友人として聞けば鋭い戯れ言になる。要は、受け止める距離感の話だ。 「そういうお前こそ、最近どうなの」 どうなのって。なんて雑なボールだろう。 残業続きですよ、こちとら。だから休日のカップル風情で、にんにく臭い店に入る羽目になったんでしょーが。 「えー、色っぽい話とかないの」 お前、話聞いてた?仕事しかなかったんだよ、こっちは。浮ついた話なんて...あ。 「あるんだ」 昼時の店内は、密度が高い。せかせかと動く店員は、空の鉢を目ざとく見つけてさらっていく。去り際に、鋭い視線を投げつけた。 「告白されたんだよ、それだけ」 「へえ、誰に」 でも、残念。この図々しい男には効かなかったらしい。 「会社の後輩」 「ふうん、どんなやつ」 どんな、やつって。なんなの、お前。 「普段は大人しいけど、この前飲んだときはよく喋ってた、かな。ほとんど自慢話だったけど、良く言えば欲望に忠実、なのかな」 誰かさんと比べると、すごく可愛らしかった。このタイプとは恋人になれないとわかっていたので、きっぱりお断りした。経験というのは、実に役立つものである。 「へーえ。俺のそういうトコが好きだったの?」 文句を垂れていたときよりも、ずっと人間味のある表情をしていた。 怒りなんて今更、涌いても来なかった。 「そうだね。うん。...そう」 むしろ、頷く度に何かがすとんと落ちていくような。一度は付き合ったのだから、隠す必要なんてない。 「なんて顔してんの、お前」 呆然としたまま座り続けている友人に、思わず笑みがこぼれた。 ラーメンの日
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