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7月12日
目覚めなきゃよかった。最悪の朝だ。
窓から差し込む光も、ぬくもりを持ったままのシーツも、虚しい。
それでも胃袋は正直で、重い頭を引きずってでも卵の焼く匂いに誘われるつもりらしい。たまらずに、体を起した。
「はよ」
ダイニングテーブルに並んでいたのは、晩酌の残骸ではなく、洋風の朝食セットだった。
「食べないの?」
目玉焼きと、ウインナー。トーストと牛乳の代わりに、コンソメスープとヨーグルトのカップ。この部屋で酒を飲んだ翌朝は、いつもこのセットだった。
なのに、いつもと違う。責め立てるような、圧力を感じる。もしこれが良心というのなら、最悪だ。
このまま、友人にのっかってしまおうか。口数少ない態度も、遠くに聞こえる冷蔵庫の音も、いつもと何ら変わりないのだから。
なかったことに、したい。やっぱり、そんな甘い考えがいけなかったのか。
足下の数十センチ先で、プラスチック製の皿が揺れている。その向こうに、ウインナーが数本転がっている。足をべたつかせているのは、半熟の目玉焼きだろう。
「1回抱いたくらいで」
なぜ、今なのか。いつも同じ本数で分けていたウインナーが、自分の方が1本多かった。1本。たったそれだけ。
「恋人ヅラするなよ」
さぞ、酷い顔で嘲笑っているのだろう。こんなの、まじまじと焼付けなくてもいいのに。馬鹿じゃん、お前。
目は口ほどにものを言う。
口は平気で嘘も誤魔化しも吐くけれど、目の色は正直だ。
怒り、悲しみ、嫌悪。そして、愛。
ずっと前から、知っていた。それでも、知らないふりをした。ただの気の合う友達でいたかった。甘えだろうか。
「...シャワー、借りるわ」
腹なんて、はじめから空いていなかった。昨晩はたらふく食べて、飲んだ。おまけに闇も熱も、全部呑み込んだのだ。今更、ウインナーなんて入れる予知はない。
「 」
今日、知った。
口は嘘を言うけれど、声は正直だ。
高さ、速さ、震え、温度、呼吸の仕方まで、全てが相手に伝わってしまう。
何も言わずに、シャワールームの戸を閉めた。
どうして俺が泣くのだろう。泣きたいのも、最悪の朝だと言いたいのも、彼女であるはずなのに。
食べないなら、どうしてそのまま、ほっといてくれなかったの。
ラジオ放送の日
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